第340話 査問会②



「何をッ! 平民風情が査問会のなんたるかを知らぬのかッ!」


「であればこそ、オズワルド老の言葉はおかしいのです」


「ええいッ、衛兵、何をしておるか、この平民をさっさとつまみ出せぇッ!」


「それは無理な相談ですよ。オズワルド・フレデリック老伯爵」

 挑発するように年寄りだと強調する。


 リュール少尉はなんらかの策を用意しているようだが、見ているこっちは冷や冷やものだ。

 どうやってこの流れを変えるのだろう?

 固唾を呑んで見守る。


「ベルーガの国法にはこう記されています。王族は口を挟まない、ゆえに公平厳正たる査問を行うべし。意味を補うように、さらにもう一文。誓約、財貨、権力、爵位をもって威圧することを禁じる。査問の場にある者すべて平等に扱うべし。長らく貴族としてご活躍してきたフレデリック老ならば、この意味をご理解しておられますよね」


「それがどうした? 誰もが知っている文言だ」


「ではお聞きします。先の国宝から抜粋した一文が正しければ、この場では貴族も平民も平等なのでは?」


「そ、そのようなこと言われずとも知っている。ワシはただ……」


「ただ?」


「ワシはただ試しただけだ。貴様が、この場に立ちスレイド侯の弁士を務められるかどうかの手腕をな……」


「なぜそのようなことを?」


「知れたこと。一方的に叩きのめしては、貴族的ではないからな」


「聞きましたかみなさん。オズワルド老はこの神聖な査問の場で、貴族的ではないという一個人の理由だけで国法を破ろうとしたのですよッ! それこそ歴代の王が苦慮して実現させた査問会という制度を蔑ろにしているのではないのですか? それとも、若き国王、アデル陛下への当てつけでしょうか? まさか叛意を抱いている、ということはないでしょうね!」


 揚げ足をとっているだけのようだが、見事な切り返しだ。

 リュール少尉の言葉に、あつまった群臣は耳を傾けている。いいぞッ!


「き、詭弁だ! ちょっと。誰にだって間違いはある。そこまで責められる筋合いはないッ! 審問官! これは収賄に関する件と関係のないことだぞッ!」


「そ、そうですね。査問にかける案件はスレイド侯の収賄についてです。それ以外の発言は控えてください」


 査問官のコルピッツに助けてもらう形で、白髪白髭の老人は事なきを得た。


 人生経験が豊富なだけあってしぶとい。油断ならない相手だ。リュール少尉も押しているが、一度でも誤った選択をするとこうなる可能性もある。


 目の離せない舌戦だ。


「そうだ。収賄の件はどう申し開くつもりだ!」


「わかりました。それについて真実を申し上げましょう」


「やはり収賄行為を働いたのだなッ!」


「残念ながら、そのような事実はございません」


「ではどうやって王都の復興や王都近郊の農業政策を行ってきたのだッ!」


「そのほとんどの費用は国庫、それにカリンドゥラ、ティレシミール両王女殿下の支援と、スレイド侯の私財で賄っております」


「そこから横領したのであろう。あれだけの規模の事業だ。かなりの金が動いたはず、それを掠め取った。なんとも金に汚い成り上がりだ!」


「本当に何も知らないのですね。フレデリック老男爵」


「ワシは伯爵だッ! 無礼だぞッ!」


「ああ、すみません。俺としたことがつい。この国では平民ですので、まだ場に慣れていません。お許しを」


 慇懃無礼に貴族風の礼をする。先ほど言い間違いについて口に出しばかりなので、オズワルドも強く言えない。リュール少尉は見事に言質をとって、言葉巧みに攻めている。この男デキる!

 希望が見えてきた。


「ふっ、フンッ! そうやってワシを怒らせて話を有耶無耶にしようとしても無駄だぞ! さあ、どう答えるッ!」


「まさか、ここまで無知な老人とは……。いいでしょう、この際ですからお教えてさしあげましょう。


「……くぬぅ!」


 あの憎たらしい老人が完全に手玉に取られている。


 さすが俺の見込んだだけのことはある。リュール少尉はデキる男だッ!


 それからリュール少尉はマロッツェに建てた砦を拡張した第二王都に話を変えて、俺がいかに優れた手腕の持ち主であるか説いてくれた。


 リュール少尉が説明したのはそれだけではない。

「王都で食料を振る舞ったとされる一件ですが、あれはカニンシン侯やマスハス侯ではなく、スレイド侯の手によるものです。その証拠をここに」

 指を鳴らすと、書類の山が積まれたワゴンが査問会場に入ってきた。

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