第339話 査問会①



 地獄のお一人生活は十日で終わった。


 ここからは査問会のお時間。

 宇宙軍でいうところの軍法会議だ。


 あれが開かれるということは、最悪の結果が待っているということ。

 気が滅入る。


 今回は何を言い渡されるんだろう。また降格か? それとも領地没収? 罰金刑かもしれないな。最悪、牢獄暮らしの延長とか……。


 一応、これでも王族だ。命までは取られないだろうと高を括っていたが、現実はそんなに甘くはなかった。


 古代地球の法廷に似た場所へ案内されて、最初に読み上げられたのは収賄という根も葉もない罪状。そして…………、

「立場をいいことに、着服した金額はベルーガの年間国家予算に近い金額だと判明しました。よって死一等を賜りたく、此度の査問会を…………」


 マジかッ! 口をあんぐりと開いて驚いていると、いつもの相棒ではなく、リュール少尉が耳打ちしてきた。

「あの、これ、マジですよ。だからスレイド大尉、迂闊に口を挟まないでください」


「いやいや、だって俺、着服なんてしてないぞ! むしろ、こっちが金を出したんだぞ! それを……なんで?!」


「出る杭は打たれるってやつですよ。良くも悪くも大尉は目立ちすぎですからね」


「…………でも、だからって」


「それがあるのが政治の世界。ま、ここは俺に任せてください」


「…………」


「ちゃあんとストーリーは考えてありますから、泥船に乗ったつもりで安心してください」


「そこは大船だろう」


「…………なんだ、冷静な判断できるじゃないですか」


 妙な間があったぞッ! 大丈夫か、この男?!


 俺、人選間違ったかな……。遅まきながら、リュール少尉に出版社を任せたことを悔やむ。


 まあ、いまさら嘆いても後の祭りだ。ここは彼らに任せよう。最悪の場合は……。


 法廷を見渡す。

 見たことのない魔道具(?)を手にした騎士が部屋の壁沿いに配置されている。それもホエルンが鍛え上げた猛者ばかりだ。

 ヤバいな……無傷で逃げ切れる自信がない。


「リュール少尉、いざというときは?」


「だから大丈夫ですって、大尉が静かにしていればOKですから」


「…………」

 これ以上ない不安が俺を襲う。


「……ちょっとトイレ行ってもいいか?」


「もう開廷してますから、我慢してください。ナノマシンつかえばできるでしょう」


 優しさの欠片もない男である。やはり俺の人を見る目は間違っていた…………どうしよう。


 しょげ返っていると、見覚えのある女性が近づいてくる。メルフィナとイレニアだ。まさか二人も?


「閣下、ご安心を警備は万全です」

「アタシらがいる限り、閣下には指一本触れさせません」


 そうじゃないんだよ。


 リュール少尉から釘を刺されているので静かにする。


 手短に査問会のルールが説明された。

 俺が無実を勝ちとるには、五人からなる査問員から、過半数の無罪票を得なければならない。


 恐ろしいことに、五人のうち二人は敵だ。


 味方はリッシュと初見の穏健派カレント・ミラー伯。中立はパウルゼン伯一人で、敵はクラレンス、カニンシンの二名。


 ある意味、公平だが、命のかかった場ではいらない。圧勝させてくれ! 頼むッ!


 訴えを起こしたオズワルド伯が出てくる。

 白髪白髭の可愛くない老人だ。南の都市ハンザで税収を減らされたことを根に持っているのだろう。手枷をした罪人姿の俺をフンと鼻で笑っている。


 進行役こと査問官。こちらも初見のコルピッツ子爵。一応、中立らしい。


 ざわつく査問会場。


 コルピッツが木槌で木皿を叩く。

「えー、静粛に、静粛に。罪状も述べましたので査問に移ります。被告ラスティ・スレイド侯、訴えに異議はありませんね」


 リュールが挙手する。


「代弁者、リュール。何か?」


「コルピッツ査問官、異議があります。スレイド侯は無実の罪で投獄されてから一切の書類に触れていません。原告の訴えが正しいのか判別できない状況です」


「規則ですので、そちらのほうで資料や証拠をご用意ください」


「それは存じています。ですが、それらの手段すら封じられていた状況ですので、申し開きは難しいかと思われます。つきましては資料、それに提出する証拠を用意する時間をください」


 一方的な魔女裁判から、少しはまともになった。


 ほっとしたのも束の間、オズワルドが怒鳴り散らす。

「詭弁だッ! 資料を用意すると見せかけて、証拠隠滅を計るつもりだろうが、騙されんぞッ!」


「ではどうしろと?」


「罪状は出そろっておる。証拠も用意した。証言も証人もだ。反論する余地はあるまい。すぐにでも処刑だ!」


 むちゃくちゃである。そうしないための査問会では?


「わかりました。ではその証拠が正しいかどうか、確かめさせてもらってもかまいませんね」


 えっ、ちょっと! リュール少尉、それはちょっとマズいのでは?


 俺の思惑などそっちのけで、査問はつづく。

「小僧! ワシがあつめた証拠に嘘があると言うのかッ! 平民の分際で、貴族を嘘つき呼ばわりするとは無礼千万! この者から処刑しろッ! 衛兵、いますぐこの男を処刑場へ連れていけッ!」

 オズワルドに怒鳴られ衛兵がのろのろと動きだす。


 ヤバイ流れだ! このままじゃあリュール少尉が危ない。


 そう思い、彼に罪がないことを声に出そうとしたら、

「その理屈はおかしい」

 帝国の青年士官はニヤリと笑った。


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