第338話 獄中生活
俺は久々の独身生活を送っていた。
薄暗くジメジメした個室はお世辞にも住み心地がいいとはいえない。第二王都でも牢屋に入れられたが、あそこは新しく綺麗だった。
歴史あるベルーガ王城の地下牢ともなると話は別で、古く汚い。
それだけではない。牢屋には俺よりも古株の先輩が多い。脚を広げれば顔よりもでかい蜘蛛先輩。夜中になるとカサカサ動きだすG先輩。それに丸々と太ったネズミ先輩。
新入りの俺からすれば、肩身の狭い場所である。
これだけでも発狂するに十分だが、まだつづきがある。内装だ。
壁紙の模様は黒カビで、部屋の隅っこには得体の知れないキノコが生えている。簡易のベッドは寝心地が悪く、おまけにシャワーもトイレもない。あるのは蓋付きの壺。そこへ排泄するのだ。
衛生環境マイナスの個室は常に嫌な臭いが立ちこめている。
綺麗好きの俺からすれば、死にたくなる環境だ。
それに、日に二度ある食事は、カビたパンやら、スープらしきぼやけた味のぬるま湯やら、およそ人間が口にするとは思えないものばかり出される。唯一まともそうな殻付きのゆで卵も、割ってみると硫黄の匂いがした。
「もうやだ、こんな生活」
宇宙軍の懲罰部屋は重力が六Gまでかけられる拷問部屋だったが、メシは普通に食えたし、シャワーもあった。
鬼教官――ホエルンの罰ですら霞むって相当だぞ。
そんな地獄のような場所だったが、救いの神はいた。
西部で知り合ったリッシュの友達、レオナルド伯だ。
「スレイド殿下、申しわけありません。王道派や革新派の目がありますゆえ、満足に食事も届けられず」
そう言いながらも、差し入れを持ってきてくれた。
硬いパンと温いミルクだ。
いままでなら、喜んで食べることのなかった食事だ。しかし、それが極上の美味に見えてくる。
きっと、俺はおかしくなりかけているのだろう。
「ありがとうございます」
涙を流しながら、粗末な食事をとる。
「いましばらくの辛抱を。殿下の御ためにみなが動いておりますゆえ」
「……みんな?」
「殿下の細君は当然ながら、アデル陛下、妃陛下、軍事顧問殿……数えあげれば切りがありません。悪友のリッシュも張り切っておりますぞ。私と王都で貴族の説得にまわっております」
「ほかのみんなは大丈夫ですか?」
一瞬、レオナルド伯が目と口を大きく開き、そして涙ぐんだ。
「どうしたんですか、レオナルド伯?」
「……いえ、目にゴミが」
「それよりほかのみんなは? 俺みたいに罪を着せられて投獄されているのですか?」
「殿下だけでございます」
「よかった。俺だけか……」
心の底からそう思った。妻やお妾さんにをこんな目には遭わせられない。
「ご安心を、必ずや……必ずや殿下をお救いします」
レオナルド伯はいままで見せたことのないキリッとした貌で言うと、まだやることが残っていると去っていった。
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