第336話 subroutine ブリジット_布石


◇◇◇ ブリジット視点 ◇◇◇


 査問会まで残すところあと三日。


 ウチは愛するダーリンに頼まれて、久しぶりにレーザー式狙撃銃をかまえた。


 無骨なフォルムに、腕にずっしりくる重み。ホンマ、久々や。ぶっ放したくなる!


 いまいる場所は、カニンシンとかいう買爵貴族の経営する商会が見下ろせる場所や。


 リュールの話やと、もうすぐ見張っている商会に泥棒さんが侵入するはず。ウチはその泥棒さんをサポートする係。


 寒いなか待っていると、泥棒さんがやってきた。なんと二人組のおっさん。

 下手くそな手際で、鍵をこじ開け商会に侵入。


「ホンマ、大丈夫なんかな、あの二人」


 商会に入ったのはええけど、そこからの仕事も遅い。ドン亀や! 見てて苛々する。


 気になったので、集音器をONにして二人の状況確認。


『へったクソやなぁ。おいロン、ワシに代われッ!』


『何言うてるねん。俺が持ってきた道具やで』


『ええから、ワシがやるッ!』


 頼りないおっさんや。


 大尉さんの知り合いやって聞いてるけど、ホンマに大丈夫なんか?


 素人泥棒の二人のサポートは、想像していたよりも高難易度やった。

 なんせ、商会にいる連中の半分近くをレーザーでブッパしたんやから……。


 まあ、殺してはないけど。


 トロ臭いおっさんたちが予定より遅く仕事を終えて、いよいよ帰宅。


 これでウチの任務も終わりかと思ったところで、新手があらわれた。

 武装した兵隊や。たぶんカニンシンとかいう買爵貴族の手下やろう。さすがに数が多くて、チマチマ狙撃しての裏方に徹するのは難しい。


「本腰入れて討って出るか?」

 軍人としてのさがが顔を出す。


 しかし、ウチが動くことはなかった。


 味方があらわれたからや。

 禿頭の坊さんみたいな人たちが、ゾロゾロとやってきた。


 こうして、おっさんたち、武装兵、坊さんと三者が四辻こうさてんで顔を突きつける。


 先に言葉を発したのは武装兵や。

「見つけたぞコソ泥どもッ! カニンシン・アラフム侯爵の商会に盗みに入ったのが運の尽き! 潔く縛につけぇい!」


 隊長らしき、どうでもいい髭面が典型的な悪人のセリフを吐くと、部下の武装兵がおっさんたちを取り囲もうと動く。


 護衛対象のおっさんたちは、逃げ場を失い、観念したかのように抱き合って泣きだした。


「堪忍してくれ、ワシら仕方なく盗みに入っただけや。金目の物は盗ってへん」

「せや、魔が差しただけや。鍵潰したくらいや」

「「命だけはお許しおぉ~」」


 ホンマ、頼りないおっさんやで。なんでリュールはこんなんをキャストに加えたんやろう。愛する夫の考えに悩む。


 手助けしようと、一度は下ろしたレーザー式狙撃銃をかまえる。

 引き金に指をかける必要はなかった。


 坊さん連中が動いたからや。

 若い美形の坊さんが、武装兵に物怖じすることなくズズイと前に出る。


「失礼をお許しくだされ」


 そう前置きしてから美形の坊さんは書面を掲げる。スコープ越しに覗いてみると、王様の印があった。勅令やんッ!


 薄暗闇でもわかるようで、髭面の隊長は仰け反った。

「そ、それは陛下直筆の勅令! なぜ貴様のような素性のわからぬ輩が手にしているのだッ!」


「これは手厳しい。素性のわからぬ輩ですか。まあそう仰るのも無理はございませんな。拙僧はサ・リュウと申します。ミーフー教で大師をしておりまして、此度は陛下より、そこにいる不届き者たちの更正を命じられました。」


「ほうッ、更正か! 手遅れだったな。この者たちはカニンシン様の商会に盗みに入った。国法に照らし合わせれば、貴族の邸宅に入って盗みを働くは死罪である!」


「それは異な事を、さきにみことのりを出されたのはアデル陛下でございます。それを飛び越えいきなり死罪とは……穏やかではありませんな」


「…………ぐぬぬぬッ、減らず口をッ! 者ども、こやつは陛下の名を騙る不届き者ッ! 成敗しろ!」


 武装兵が、今度は坊さんの一行を取り囲んだ。


「あちゃー、泥沼やん。どうするんコレ?」


 悩んでいると、坊さんが動いた。


「よろしいのですかな? 陛下の詔があるのですぞ」

 髭面に書面を突きつける。


 髭面はそれを引ったくるなり、破り捨てた。


「フンッ、よく似せた紛い物だが騙されんぞ。うぬが如き得体の知れぬ輩に、陛下が勅令を下すはずがないわッ! 者ども、かまわぬ斬って捨てよ!」


 …………悪手やな。確認せんと破り捨てるとか阿呆やろう。本物やでアレ。勅令破るほうが死罪やん。


 他人事やから言えるけど、アレ絶対に詐欺とか引っかかるタイプやな。


 問題はウチが手を出すかどうかや。

 とりあえず見守る。ヤバくなったら……って、もう十分ヤバイけど。


「リュールからは目立つな言われてるしなぁ」


 どうしよう?


 そうこうしている間に、両者が武器をかまえる。

 武装兵は剣と槍、坊さんたちは木の棒。

 装備からしてちがう。戦う以前の問題や。


「アカンやん」


 おっさん二人を見てから嫌な予感はしてたけど、リュール、これ完璧に失敗やで。


 どうしようかと考えていたら、サ・リューとかいう美形の坊さんが動いた。

 破り捨てられた書面を拾い上げ、高らかに笑う。

「はははははッ、まさか国王陛下直筆の詔を破り捨てるとは、いやはや、逆賊と呼ばれても言い訳できませんぞッ!」


「抜かせッ! 陛下の名を騙る不届き者め、成敗してくれるッ!」


 髭面が、剣をかまえて斬りかかる。美形の坊さんは落ち着き払っている。


 さすがにこれはヤバイと思い、引き金に指をかけようとしたとこで、坊さんが一歩前へ。そのまま羽虫を追い払うように手を動かす。たったそれだけのことで、金属の剣がポキンと折れた。


「今宵限りの辻説法! おまえたち、乱暴者たちにミーフーの慈愛を叩き込んでやれッ!」


「「「おうッ!」」」


 無害に見えた坊さんたちが牙を剥いた瞬間や。


 そこから先は一方的な脳筋的教育指導。


 素手や木の棒でバッタバッタと武装兵を殴り倒していった。


 驚いたことに坊さんたちは無傷や。サ・リューは石畳にオネンネした連中を鼻で笑うと、

「これに懲りて、すこしは丸くなるだろう。いくぞっ!」


「「「はっ!」」」


 軍隊並みの一糸乱れぬ動きで坊さんたちはその場を立ち去った。


 あのおっさんたちもいつの間にか姿を消している。


「なんや、ようわからんけど。成功したみたいやな……」


 こうして久々の狙撃を楽しんだけ。せやけどイマイチや。爽快感が無い。一番いいところを持って行かれた感がある。

 狙撃っちうのは、こうもっと楽しくスカッとストレスフリーでやらな。


「あー、眉間ぶち抜きたかったわぁ」


 フラストレーションが溜まる一方。

 愛するリュールのためとはいえ、嫌な仕事や。


 おっさん二人も無事に逃げたようやし、帰宅する。


 寝室に入ると深夜をまわってた。


 先に寝ている依頼主――夫に文句を言う。

「なぁリュール。リュールって」


「…………なんだブリジット」


「あの二人放っておいてもよかったんちゃうん」


「……あれは必要なメインキャストだ。死なれちゃ困る。伏線が回収できなくなる」


「ええやん、二人くらい。ウチ十人以上レーザーで撃ったで」


「マジか…………」


「マジや」


 どうやら、オッサン二人はリュールが想像していた以上のボンクラやったらしい。


「割りに合わんわ」


「そういうなよ。追加報酬出すからさ」


「いくら?」


「お金じゃ買えないものだ」


 いつもよりも激しい〝にゃんにゃん〟を追加報酬としていただいた。

 いけないお遊びのあとである。めっちゃ燃えた。


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