第335話 subroutine リュール_陰謀の筋書き
◇◇◇ リュール視点 ◇◇◇
証拠は着々とあつまっている。想定していたよりも多い。
スレイド大尉は軍人向きではないと思っていたが、人の上に立つという点に置いては優秀だと認めざるを得ない結果になった。
彼を手助けしようと名乗り出る協力者は多い。
同じ宇宙軍の仲間は当然だが、協力者の多くはこの惑星の人たちだ。
お妾さんはもとより、宗教家、貴族までもが手を貸してくれた。
身分の高い者たちばかりに思えるが、ほかにも協力者はいる。孤児や傷痍軍人、非正規のおっさんだ。
そのなかに、エレナ様お抱えの料理人もいた。
その料理人が言う。
「エレナ様付きの料理人をしている。エルウッド・ホランドと申します」
「ホランド? あの商会の方ですか?」
「ええ、まあ。入り婿ですが」
「で、今日はどういったご用件で。エレナ様から言づてでも?」
「いえ、妃陛下からの言づてではありません。本日伺ったのは個人的な話でして……」
歯切れの悪い言葉のあとに、同席しているギュスターブを見やる。
どうやら内密の話らしい。でもエレナ様からの言づてでないとなると……一体誰が?
ギュスターブに目配せする。察しの良い貴族の変わり者はしずかに部屋を出た。
「これでよろしいですか?」
「お気遣いありがとうございます」
「どうぞお掛けください」
応接用のソファーに座るよう促す。
「では、失礼して…………」
もどかしい社交辞令から始まったのは、意外な内容だった。
「ラスティさ……様のお助けになるかどうかは存じませんが。訴えを起こしている方についての噂を……噂といっても経営している商会のほうですが」
大尉のことを、さん付けで呼ぼうとした。近しい間柄か? まあ、あのお優しい大尉殿は料理が趣味らしいからな。
人目を忍んで来たらしく、エルウッドと名乗る料理人の青年はそわそわしている。
落ち着くまで待ってから話を聞いた。
なかなかに有益な情報だった。脚本の終盤がビシッと嵌まる。そんな気がした。
エルウッドは最後に、尋ねてきたことを内緒にしてほしいと念押ししてきた。
「なぜですか? エレナ様に報告すれば褒美が出ますよ」
「褒美は欲しいですが、王城のバルでココのことを聞いたものですから」
なるほど、盗み聞きしていたわけか……。でも隠すような事じゃないとおもうけどな?
何か事情がありそうだ。ガセネタを掴まされても困るので、エルウッドが信頼できる人間か確認しよう。
「褒美を求めず、内密にとなると、俄には信用できませんね」
「そう仰られるのも無理はありません。ですが、子を持つ親として、ラスティさんへの恩に報いたいのです」
聞いた話だと、スレイド大尉は東部のガンダラクシャを目指す旅で、エルウッドの娘を助けたらしい。その娘の名前までは覚えていないが、商会のお子さんを助けたという話は、大尉から聞いている。
「その件については、すでに恩返しなされたのでは? そちらの会長からかなりの支援を受けていると聞いています」
「義父のことでしょう。ですが私はまだ恩を返していません。助けてもらったのは私の娘です。父親である私が、恩返しするのが筋ではないでしょうか?」
言いたいことはわかった。俺は割とプライドの高い貴族だったが、恥という言葉の意味くらい知っている。
自分の起こした面倒を助けてくれたのなら、父が謝礼を出していても頭を下げに行くくらいはする。
エルウッドもそんな気持ちでここに来たのだろう。
それにしても大尉の人望には驚かされる。
お人好しで甘いと思っていた大尉の撒いた善意の種。それが芽吹いたのだ。
協力者たちのおかげで舞台脚本の
あとは査問会をクリアするだけ。
有象無象の噂に端を発しただけに、それをねじ伏せるのは困難だ。罪状は収賄と大雑把なもので、細かい原因までは特定されていない。あくまで疑わしいという状況証拠と不満を持つ貴族の拗くれた佞言によって象られている。
そもそも、これといった原因が提示されていない。
であるから、この査問会では無実を立証する証拠よりも印象操作が重要となってくるわけだ。
裁判という体ではあるが、時代錯誤の魔女裁判に近い。
訴えられる側が圧倒的に不利な戦いだ。理不尽と言ってもいい。
本来であればこうした舌戦の場は、我らが主エレナ様やエスペランザ准将の得意とするところ。
しかし、エレナ様は国王の妻――王妃であらせられる。査問会では中立でなければいけない。そして、准将もまた軍事顧問という肩書きのせいで内政や司法に口を挟めない。
そこで俺の出番ってわけだ。
今回はかなり難易度の高い任務だったが、ZOC相手に戦うよりも簡単だった。なんせ、あの人間もどきのパッチワークと戦った日には死人が出ること確実だからな。
それを思えば楽な任務だ。
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