第334話 subroutine エルメンガルド_へそくりの正しい使い方


◇◇◇ エルメンガルド視点 ◇◇◇


 外に出ていったベルナが、血相変えて戻ってきた。


 普段はおっとりとした口調の彼女が、信じられないほどの早口でまくし立て、最後にこのように締めくくる。

「そういう訳だから、みんな手を貸してちょうだい」


 内容は閣下が濡れ衣を着せられたこと。それだけなら、いままで何回かあった。ここまで大事にはならない。

 しかし今回はちがう。

 降爵どころの処分ではすまない。極刑待ったなしの罪状だ。


「なるほどね。王都の復興と、近郊の開墾・灌漑事業。年間の国家予算の不正利用、収賄。どれか一つでも当てはまったら死罪は確定だわ」

 冷静に計算結果を口にすると、仲間たちが私を睨んだ。


「エルメッ! あなた軽々しすぎるわ」

 優しいお姉さんのベルナが激オコだ。感情的な軍務卿の姉妹はさらにすさまじく。

「エルメンガルドッ! それが閣下の臣たる我らが口にしていい言葉かッ!」

「表へ出ろッ! アタシが姉上に代わって根性たたき直してやるッ!」


 この有様である。


「まあまあ、みんな落ち着いて。現状把握は大事よ。それにどのような罪状か、どのような量刑かを、きちんと把握しないと対策が打てないでしょう。それとも何? 罪状だけ見て、行動して閣下を助けられると? なんの考えも無しに突っ走ったら、かえって泥沼だわ。その結果、閣下を窮地きゅうちおとしいれることになってもいいのかしら?」


「ぐぬぅ!」

「ぎにゅう!」

 正論を並べ立てると、脳筋姉妹は下唇を噛みしめてだまりこんだ。日頃からしている閣下の躾の賜物である。


 うるさい番犬は黙らせた。ここからは重要な会議の始まり、茶化さず真面目に話をしよう。


「ベルナ、まずは落ち着いて、頭のなかを整理してから詳しいことを教えて、あとイレニア」


「な、なんだ。アタシはちゃんと落ち着いてるぞ」


「エドガーを呼んできて」


「内務ならベリーニ様じゃないのか?」


「あなた、もう少し考えなさい。ベルナは私たちのところへ来た。これの意味するところを理解している」


「そりゃあ、アタシたちが仲間だからだろう」


「…………」

 頭が痛くなってきた。


 ベルナは私たちのなかで一番年長だ。それに思慮深く、頭の回転も速い。

 それが内務卿であるベリーニ様や、私の叔父であるロギンス財務卿のところではなく、こっちにやってきた。導き出される意味は一つしか無い。四卿に相談できないのだ。


 四卿という国家の重鎮でもどうにもならない状況、もしくは四卿が見張られている可能性がある。となると派閥絡み。内務、財務に携わる高官はいずれかの派閥に属している者が多い。閣下の敵対派閥に情報が流れてはいけないのだろう。


 まあ、貴族に支払われる歳幣の色のつけ方から、資金に乏しい王道派、守銭奴の革新派が関与していることは容易にわかる。どちらも金にうるさい派閥だし。


 小難しいことを話しても姉妹には理解できないでしょう。ここは端折って、

「敵対派閥に情報が漏れるのを防ぐためよ」


「「ん?!」」

 どうやら理解できてないらしい。


 こうなったら姉妹が飛びつきそうな餌をぶら下げよう。

「もし閣下がこの場にいたら、みんなで事に当たれと言うでしょうね」


「そうだ。閣下ならそう仰るはず! ニア、いますぐエドガーを呼んでこい」


「わかった」


 あつかいやすい姉妹で助かる。


 こうして仲間と協議して、各々役割分担を決めた。

 ベルナデッタは貴族の説得、エドガーは王城での足場固め、軍務卿姉妹はいざというときのための戦力を。そして私は冤罪の立証のための資金の流れの正当性を。


 しかし、正当性といっても、何が正しいのか立証は難しい。

 だから平行してあることをしらべた。


 すると、わんさか不正の証拠が出てくるわ出てくるわ。

 こっちを突いたほうが楽そうなので、協力者と話をすることにした。


 リュールという男と会えれば話ははやいのだが、ベルナデッタが接触したあとだ。それに何度も尋ねると怪しまれる恐れがある。

 だから協力者経由で、私のあつめた資料を渡してもらうことにした。



◇◇◇



 協力者に会うため馬車で出かける。通っている施療院に入り、いつものように呼ばれるのを待つ。

 予約していた時間よりもはやく来てしまったせいで、小一時間ほど待たされた。


「足の具合はどうですかな?」


「すこぶる快調です。馬車に乗るにはまだ不便ですが、なんとか助けなしでも乗れるようになりました」


「それはよかった。次の診察日ですが……」


 いつもと同じ流れならば、次回の予約をとって診察は終わり。しかし、今日は別件がある。


「あの、院長。お話しがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「なんですかな?」


 私の主治医マッシモ院長は閣下と故郷を同じくする人物だと聞いている。そして同じ軍に所属していたとか。トロイダル社の経営者リュールとも繋がりがあるだろう。

 本音を言うと、こんなまどろっこしい手順を踏まずに直接そのリュールという人物に会えばいいのだが、私も見張られている可能性がある。遠回りだが、マッシモ院長を利用することにした。


「こちらの施療院で配られているビラなのですが、どちらへ発注しているのでしょう?」


「ああ、健康促進のアドバイスを書いたものですな。それはトロイダルという出版社に委託していまして……」


 院長の表情は明るい。リュールなる人物とそれなりに良好な関係を築いている証拠だ。これなら心配なさそうだ。


「恐縮ですが、こちらの写しをトロイダル社へ届けてもらえないでしょうか」


 一瞬、院長の横に立つ長身の婦長が目を細めた。ピリピリとした敵意を感じる。


 マッシモ院長は私のまとめた資料を手にとると、眉をひそめたが、最後には了承してくれた。


「スレイド大尉には世話になっています。この資料は責任をもって届けさせていただきます」


「マッシモ院長、ご協力感謝します。こちらはほんの気持ちです。医療の発展のため役立ててください」

 へそくりの大金貨を五枚手渡す。


 大盤振る舞いになってしまったが、協力者を増やせることを考えれば安い出費だ。

 これも敬愛する閣下のため。

 閣下から受けた大恩に比べれば、微々たるもの。


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