第332話 subroutine ベルナデッタ_交渉に強いお妾さん


◇◇◇ ベルナデッタ視点 ◇◇◇


 閣下のかつての同僚――リュールなる男からもたらされたのは驚くべき内容でした。


 スレイド閣下が捕縛されたのは知っています。しかし、その理由は公開されていません。おそらく箝口令が敷かれているのでしょう。


 わかっていることといえば陛下の勅命であることだけ。そう肝心の内容が謎に包まれているのです。

 ただごとではないと予想はしていましたが、まさか収賄の罪で投獄されていたとは!


 罪状にあげられたのはかなりの額です。下手をすると極刑を免れない。いや、王家を謀ったと糾弾される恐れもある。もしそうなれば、いかに功臣とはいえど、死罪は免れないでしょう。


 それだけは何があっても避けねばならない。


 現状、あまりにも旗色が悪すぎる。それに時期も悪い。

 侵略者であるマキナを撃退したのはいい。ですが、復興のさなかです。予算の付け方に不満を持つ者は多いでしょう。


 落ち着いて考えれば、最大の消費地である王都を中心に復興を進めるのが手堅い方法だとわかります。局地的な観点からすれば、平等な割り振りではない。遠方や辺境、弱小貴族からすれば、王都近郊だけが優遇されているように見える。


 不満はくすぶっているでしょうが、王家から貴族に歳幣さいへいが支払われている。ゆえに王家に不満が向けられることはない。


 しかしそこへ、王家とは血の繋がりの無い者があらわれたとしたら? それも事あるごとに不祥事がつきまとう、成り上がりと揶揄される新参者。


 槍玉に上げるに易い存在です。


 王族に名を連ねる前に起こした不祥事のこともある。そこを突けば王家を責めることにはならない。


 凡百の貴族であれば、そこまで穿った考え方はしないでしょうね。仮にも王族、責め立てて得になることはない。あるとすれば、せいぜい憂さ晴らし。


 ……誰かが、そういう抜け道を流布した。


 そうとしか考えられません。

 黒幕とおぼしき貴族が何人かいます。


 おそらく、首謀者は閣下を敵視している王道派と革新派でしょう。

 王道派の旗頭であるクラレンス・マスハスは嫡男イスカが問題を起こしてからは鳴りをひそめている。代わりに台頭してきた南部の貴族フレデリック伯、あの老人はかつて王道派の重鎮を務めています。あの老人なら、このような力押しの策を弄してもおかしくないでしょう。能力至上主義を掲げているだけあって、同派閥の元帥たちも侮れません。


 それに革新派のカニンシン。あれもかなりの食わせ者だわ。たんなる金稼ぎしか能の無い買爵貴族では無い。元帥どもはお察しだけど、カニンシンの取り巻きは優秀。


 有力なのは声高に閣下の罪を口にしているフレデリック伯だけど、背後から操っている存在がいる可能性は高いでしょうね。操られている本人に自覚はなさそうだけど、焚きつけている者がいるはず。

 仮にこの一件を乗り越えても問題の解決にはならない。


 私の見たところスレイド閣下の敵と味方は五:五です。閣下に対して敵対しようとしている貴族は全体の約半分。残り半分は王家を忠誠を誓う忠臣と、リッシュ・ラモンド率いる開国派。

 これがもし六:四の割合になると大変だ。敵対勢力が力をつけて日和り主義者が転がり七:三になる可能性も出てくる。

 黒幕は、何があっても閣下を落とし入れたいのだろう。そういう意図が見え隠れしている。


 ……嘆かわしい。


 彼らは、国難のおり一体誰が立ちあがった知っているのだろうか?

 傷つき倒れ、それでも国のために戦った英雄がいることを知っているのだろうか?

 若い国王はその英雄を許そうとした。それをよってたかって、成り上がりだの王女を誑かしただの貶すとは……。


 私は知っている、ラスティ・スレイド閣下こそが新の英雄であると。


 マキナに囚われ、喜んで死を受け入れてしまうほど酷い目に遭ってきた。人としての尊厳を奪われ、手足の自由まで失い、そして声を失った。それだけではない、女としての矜持さえ散らされた。


 そんな穢れた女を閣下は嫌な顔ひとつせず助けてくれた。それどころか異性から見向きもされなくなった私を妾として受け入れてくれた。


 その大恩を、いま返さずしていつ返すのだ。


 罪が確定する査問会まで残された時間はあと八日。

 あまりにも時間がなさ過ぎる。これでは遠方の貴族を手紙で説得しようにも無理だ。王都にやってくるであろう貴族を説得してまわろうにも、圧倒的に時間が足りない。

 はやく手を打たねば、手遅れになってしまう! 


 私一人では無理だ。志を同じくする閣下に仕える仲間と相談しよう。

 そのまえに…………。


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