第331話 subroutine リュール_シナリオライターのお仕事です②
◇◇◇ リュール視点 ◇◇◇
俺が運営を任された出版社――トロイダル社は貴族区画から少し離れた場所にある。
平民区画だが、割と上の階級の者が多く住んでいる場所だ。
騒音をまき散らすような業種でないため、そこそこの立地にかまえることができた。
近隣には大手の商会や貴族たちの憩いの場が多い、いわゆるハイソな一画。
スレイド大尉には、それなりに広い建物を用意してもらったが、働いている者は少ない。
大尉が世話した孤児が五名と、その子らをまとめている訳ありの貴族の三男坊ギュスターブ・サンジェルマン。そして俺を加えた七名の零細企業だ。
本来であれば、接客やお茶くみをしてくれる女中さんを雇いたいのだが、ハニーから猛反対されている。
ブリジット曰く、そういった人を雇うのは商売が軌道に乗ってかららしい。
まあ、本音は浮気防止だろう。そんな気がする。
妻であるブリジットは帝国平民なので、貴族の教養に暗い。しかしながら、彼女なりに俺を立ててくれている。自尊心が取り柄の貴族なら、それも当然と胸を張るが、この惑星では俺は平民だ。そんな事情もあってハニーには逆らえない。
そういうわけで、社屋の雑用はギュスターブが一手に引き受けている。
ちいさい会社ながらも、物書きにとっては至れり尽くせりの環境だ。
社長室で陰謀のシナリオを書いていると、ドアがノックされた。
まだヨチヨチ歩きの零細企業である。社屋にいる人はすべて把握しているので、ノックは不要と伝えている。
疑問をドアの向こうへ投げかけるよりも先に、外から声が湧いた。
「社長、来客です」
「どうぞ」
執事兼副社長であるギュスターブとともに、女性があらわれる。
おっとりとした妙齢の女性だ。短い栗色の髪で、柔和な面立ちは親しみの持てる温かみがある。胸がグラマラスで、美人よりも母性が先に出ている。そのせいか、異性特有の距離感よりも、親しい間柄のような安心感があった。
「どうぞお掛けください」
部屋にある応接用のソファーを手で示し、俺は執務机を立った。
ソファーに腰をかける前に、女性が挨拶をする。
「突然の訪問、お許しください。私は、いまは亡き外務卿の娘ベルナデッタと申します。リュール氏に聞きたいことがあって参りました」
「妻のブリジットですね」
「はい」
彼女はソファーに腰かけるなり、用件を切り出した。
「ブリジットから、スレイド閣下の忘れ物を届けられました」
「どのような?」
「アクセサリーの忘れ物です。おかしなことに三つしかありませんでした」
これはブリジットにそうするよう指示した演出だ。四人の妾に三つの贈り物。加えて、現在の大尉の置かれている状況。
鋭い人物なら、この意味がわかるだろう。あの大尉に限って、こんな忘れ方はしない。
「そういえば、スレイド大尉の側には四人からなる優秀な女性事務官がいると聞き及んでいます。おかしいですね」
「はい、非常におかしいです。閣下は几帳面な御方。それに周囲の者に平等に接することを信条としています。それなのに私たちへのプレゼントが少ないのです。閣下がありもしない嫌疑で捕まったあとのことでしたから、何かあると思いここに来ました」
「事情はわかりましたが、なぜここに?」
「ブリジットが忘れ物を入れていた箱です。その箱にこちらの社名の焼き印がありましたので」
鋭い洞察力だ。まさに俺の求めていた探偵役。この女性ならば手がかりを掴んでくれるだろう。
最後の確認だ。
「考え過ぎですよ。たまたまでしょう、たまたま。ブリジットとは夫婦ですし、俺の勤め先の備品くらい持っていてもおかしくはありません」
「閣下の濡れ衣を晴らすため、力を貸してくれるのではないのですか?」
「事ここに至ってはどうしようも……それにスレイド大尉は十日後には罪が確定する身。足掻いてもどうしようもありません」
薄情者の演技をすると、ベルナデッタは怒りに目尻を釣り上げた。
怒りの形相でテーブルを叩くと、ミシリとテーブルが鳴く。
「お遊びや冷やかしでここに来たのではありません。閣下の無罪を主張するために足を運んだのです。悪戯に見合う何かを寄越しなさい!」
温和に思えた彼女の豹変ぶりに、危うく漏らすところだった。ブリジットよりも怖い。
「……すみません。座興が過ぎたようです。ですが、俺としても大事を託せる相手であるか見定める必要がありまして」
スレイド大尉の立たされている状況について教えることにした。
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