第327話 冤罪



 マロッツェの巡察も無事に終わり、王都に戻る。


 王城に入り、アデルのところへ報告に行こうとしたら、近衛の人たちに囲まれた。

 なんだか様子がおかしい。王城内では見かけない槍や弓矢で完全武装。それに近衛の人たちの表情は暗い。妙だ、いつもは明るいはずの笑顔が曇っている。まるで理不尽な事に耐えているみたいだ。


 俺たちがいない間に、一体何が起こったんだろう?


 問いかけるよりも先に、近衛の主であるエレナ事務官が声をあげた。

「随分と物々しいけど、何かあったの?」


 近衛たちは各々の顔を見合って、返答を渋っている。


 王城を守る近衛らしからぬ、みっともない態度だ。間違いなく、エレナ事務官は怒るだろう。

 そう思っていたら、唐突に人の壁が割れた。


 アシェさんを先頭に、エメリッヒ、武装した魔族メイド二人組があらわれる。


「ラスティ、非常にマズいことになっています。エレナ妃陛下も得心いかないでしょうが、ここは素直に従ってください」

 残念美人の女性騎士は、やたら目をだけを動かして、何かを知らせようとしている。


 アシェさんと俺は、それなりに付き合いが長い。なんせガンダラクシャの工房立ち上げからの仲だ。冗談や悪ふざけでこんなことをする人でないことを知っている。

 公言できないのだろう。


 こめかみをヒクつかせ、いまにも痺れを切らしそうなエレナ事務官の脇を小突いた。

『ここはアシェさんに従いましょう』


『……普通、何かあるんだったらエメリッヒ准将が合図を送ってこない? 私たちには思念通信があるんだから』


『きっと、あれでしょう。通信に集中して、突っ立っているように見えるから怪しまれると思っているんでしょう』


『ああ、なるほど。スレイド大尉は顕著けんちょだから、きっとそのせいね』


 …………。いや、俺がネックだったら、エレナ事務官と通信するでしょう。


 エメリッヒが俺たちを裏切ることはないと思うが……。


 ひそひそ話が終わると、メインキャストのセリフが始まる。

「スレイド大尉、いくつか聞きたいことがある。悪いがご同行願おう。エレナ嬢も中立の第三者としてこちらに」


 エメリッヒの指名が終わるなり、ティーレが噛みついた。

「軍事顧問殿、これは如何なることでしょうか。説明を求めます」


「ティレシミール王女殿下が疑いを持たれるのはごもっとも、ですが王命ですので、殿下といえども従ってもらいます。詳細につきましてもエレナ嬢にお伝えしますので、のちほど、そちらからお聞き下さい」


「であれば、いまここで説明して頂いても良いのでは?」


「…………」


 エメリッヒは合理主義者だ。現実主義者でもある。明確に口を挟むなと示したきり、ティーレの問いかけに答えようとしない。


 そもそもとっかかりがない、粘り強い努力家のティーレにとって苦手な相手だ。


 すると次は、カナベル元帥――アルシエラが出てきた。

「軍事顧問殿、質問があります。よろしいでしょうか」


 柔和な笑顔だが、狡猾な妻だ。エメリッヒに仕掛けるつもりなのだろう。


 聞いた話によると、二人は何度かやりあっているらしい。チェスではアルシエラの勝利、舌戦ではエルペランザの勝利となっているそうだ。

 彼女なら、ティーレのように瞬殺とはいかないだろう。


「質問の内容による。私個人のプライベートや国家の機密については喋れないが、それでもよろしいかな。カナベル元帥」


「それで結構……と言いたいところですが、現状は国家機密に分類されるでしょうか?」


「国家機密ではない。しかし、いずれ公言、公開される事案だ」


 元帥だけあって、アルシエラの声は良く通る。この場に居合わせた者たちは、その声に耳を澄ませている。


 いまや、ここは隠し立てのできない舌戦の場だ。

 対するエメリッヒはいつもと変わらぬ、愛想のない表情。

 俺の妻は、ここからどう切り返してくれるのだろうか?


「この一件は、軍事に関する問題でしょうか?」


「軍事には該当しない。むしろ政治――内政の分野だ。で、質問は?」


「単刀直入にお聞きします。この事案の黒幕は誰ですか?」


「ふむ、なかなかに鋭いな。明確な答えは出せない。表現が難しい……そうだな数多の陳情とでもしておこう。質問には答えた、これでいいかね?」


「質問が一つだけとは言っていません。軍事顧問殿は、内政の分野だと言われましたね。貴君には軍務に関しての権限しか有していないはず、なぜ内政を口にしているのですかッ!」


 おっ、なんかすごい展開だ! さすがは狡猾嫁! エメリッヒの負けをこの目で見られる日が来るとは……。


 宇宙軍のお偉いさんは、悪い意味で俺の期待を裏切ってくれた。


 露骨に顔を歪めてぼそりと零す。

「……悪手だな」

 嫌なフレーズだ。このあとが怖い。


 側に控えてた年配の近衛が出てくる。

「失礼します。……カナベル元帥、さきほど軍事顧問殿は王命とおっしゃったのをお聞きしましたね」


「たしかにそう聞きました。ですが、正式な書面もなければ、アデル陛下からの勅命だという証拠もありません。何かの手違いでは?」


 年配の近衛は一度エメリッヒを見やり、促すように頷く。


「……事ここに至っては仕方あるまい。カナベル元帥、君は想像していた以上に優秀だった。まさか軍事以外でも頭角をあらわすとはね。完敗だ」


 エメリッヒの負けをこの目で見られたのはいいが、どうも後味が悪い。

 純粋に負けを認めたというか、それ以外の何かを感じさせる物言いだ。


 その疑問はすぐに氷解した。


 年配の近衛が、大仰な羊皮紙を広げる。

「アデル陛下からの正式な書面である。ラスティ・スレイド侯爵を収賄の疑いで逮捕する」


「えっ!」


 驚く俺を押し退けて、エレナ事務官が近衛に詰め寄る。

「ちょっと、それどういうことッ!」


 近衛から羊皮紙を引ったくると、帝室令嬢は食い入るようにそれを読む。


「あのう、エレナ事務官。それ本物ですか?」


「…………信じられないけど本物ね。サインと紋章は間違いなくアデルのものだわ」


「それではスレイド侯、こちらに」

 年配の近衛が、来た道を戻るよう手で促す。


 どうしたものかと、エメリッヒとアシェさんを交互に見る。

 アシェさんは申し訳なさそうに俯いている。頼みのエメリッヒも額に手をやって思案顔。


「どうなされたのですか、スレイド候、陛下の勅命ですぞ。さあ、こちらに」


 仕方なく従おうとしたら、エメリッヒが一石を投じた。


「君、すこし時間をくれないか。スレイド侯に二、三尋ねたいことがある」


「勅命にはただちに拘束するよう記されていますが……」


「その陛下からの命令だ。勅命を出した以上は、スレイド侯といえ従う意外に道はない。血の繋がりがないとはいえ、王族の一員だ。醜態を晒すような真似はしないだろう」


「……ですが」


「私の言葉を疑っているのなら、陛下に聞くといい。その代わり、どのような罰を受けても責任を持てないがね。ああ、それと君が私の言葉を無視しても、この件は陛下に報告する」


「…………」


「そう睨まないでくれ。私の言葉はここにいるみなが知ることだ。いずれ陛下の耳に入るだろう」


「わかりました。ですがエスペランザ軍事顧問、もし何かあればその時は……」


「わかっている。君に引き渡すまでの間のことは、すべて私の責任だ」


「であれば、問題ありません。手短にお願いします」


「ご理解感謝する」


 こうして俺は、いわれの無い罪をおっかぶせられ、近衛の兵に囲まれながらエスペランザの執務室へ連行された。


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