第326話 トベラの里帰り⑤



 昼前になって、俺の兵が到着した。

 マクベインを筆頭に、来なくていいと伝令に命じた、内務卿、財務卿の令息と頼もしい三千の兵のおでましだ。


 部隊を代表して、馬上の人マクベインが猛々しく吠える。

「スレイド閣下、北スレイド領兵長、マクベイン以下兵三千。マルロー伯の助太刀に参りました!」


「マクベイン、挨拶にも寄らずにすまないな。俺たちの問題なのに、援軍に来てもらう羽目になるなんて……」


「何をおっしゃります! 聞けば建立こんりゅうしたばかりの慰霊碑を取り壊すとか……ともに国のために戦った者たちをなんと思っているのか! 捨て置けん問題です!」


 マクベインが激昂するも、トポロ元帥はふてぶてし態度のままだ。それどころか、

態度がデカくなった。

 理由は兵力に四千も差があるからだ。

 この元帥、こともあろうにトベラ相手に八千近くの兵を用意したのだ。エレナ事務官が予想していた倍だ。


 買爵貴族という点を無視しても、山ほどクレームの来るクズだ。


「プッ、ククッ。三千、たった三千の援軍で、我らに立ち向かおうというのですか」


 一瞬、俺が馬鹿にされている気がしてカチンときた。でも当事者のトベラが我慢しているのだ。俺が騒いでは台無しになる。ここは少女伯爵を立てよう。


「そんなにおかしなことでしょうか?」


「ああ、すみません。私としたことが、話にならないものでつい。まあ、元帥とド田舎の伯爵風情では当然の結果でしょうな」


 こめかみにビキッと来た。


 それからしばらくして、リッシュが駆けつけてくれた。

 すぐそばに居城があるので四千も兵を引き連れてきたのだ。これこそが、エレナ事務官のお願いの正体である。頼もしい友人――援軍。

「遅くなってすまんな。スレイド卿――いや殿下と呼ぶべきか」


「リッシュ閣下、お久しぶりです」


「呼び捨てでかまわん。いや、呼び捨てでもかまいませぬぞ」


「いつもどうりにしましょう。閣下のほうが年長であらせられます」


「では、許可も下りたのでそうしよう」


 感動の再会をトポロがぶち壊す。

「ま、まあ、これで五分と五分ですな……」


 情けないことに、数の優位が消えるなり、買爵貴族は狼狽うろたえ始めた。


 リッシュと久しぶりの再会に歓談していると、ポツポツと騎兵の一団があらわれた。

 どれも数百と少ないが、それがいくつもやってくる。それにともないトポロの顔が青ざめていく。


 駆けつけてくれたのは西部で縁のあったレオナルド伯たち――裏切り者バルコフの離反組だ。


「久しぶりですな、スレイド殿下。それにリッシュ」

「貴様とも久しぶりだな。貴族院ぶりになるな」

「ああ、懐かしい」


 そうしている間にも援軍はつづく。

 元義勇兵の人たちだ。それが千以上。

 気がつくと、トベラ勢は一万を超えていた。


「卑怯だぞ! 正々堂々と勝負しろッ!」


 駄々っ子みたいな言い訳をするトポロ。

 誰も彼もが、蔑みの目を向ける。


 大勢は決した。


 それでも負けを認めたくないのだろう。トポロは一騎打ちを申し出てきた。

 トベラが、まだ未熟な小娘だと思ってのことだろう。清々しいまでの屑っぷりに、リッシュやレオナルドはもとより、義勇兵だった人たちも呆れかえっていた。


「若い娘に大の大人が一騎打ちを申し込むとは……」

「恥ずかしくはないのでしょうか?」

「最低の貴族様だべ」


 不平を口にしているのはトベラ勢だけではない。トポロ側からも、ちいさいながら非難の声が聞こえる。


 しかし、本人はそれどころではなく、必死にトベラに言い寄っている。

「トベラ・マルロー、どうした逃げるのか! 元帥である私に臆したかッ」


「…………」


「汚い娘だ。実力で私に勝てないと知って、これだけも人を呼ぶとは。貴族としての誇りは無いのか!」


 こいつ、どの口が…………。


 俺が考えていることを、理解ある上官が代弁してくれた。

「どの口が言ってるのかしら」


「妃陛下! 何卒、何卒一騎打ちをお認めください!」


「認めてあげてもいいけど、見返りに何をくれるのかしら?」

 訂正しよう。理解ある上官ではなく、とんでもなくセコい女だと。


「……み、見返りですか」


「そうよ。負け戦を手助けしてあげるんだから」


「……しょ、小金貨三〇枚でどうでしょうか」


「あなたねぇ、仮にも一国の王妃よ。それを買収するのが小金貨だなんて」


 打ちひしがれているトポロに、エレナ事務官は手の平を差しだした。

「元帥で領地持ち。それなりに持ってるんでしょう」


 帝室令嬢は招くように指を動かす。

 なかなかナチュラルな流れだ。この令嬢、手慣れている!


「では小金貨……」

 まだ喋っているトポロを無視して、エレナ事務官は言葉を被せた。

「大金貨五〇枚。それが最低ラインよ」


 かなりの金額だ。いくら本業が商人でも無理だろう。


「リゾート開発するのなら、それくらいの頭金は持ってるでしょう。それを出しなさい」


 エグい!


 トポロはしぶしぶ金を払い、トベラと一騎打ちをした。


 そこでも地面の土を顔に投げつけたりと、抜いた剣を投げつけたりと散々やらかしてくれた。これでよく貴族の地位を買えたものだと感心してしまうくらいだ。こんなのが元帥だから、王都から逃げ出すマキナの連中を取り逃がしたのだと知った。


 汚い手をつかっても、エレナ事務官仕込みのトベラの前では歯が立たなかった。


 トポロがあっさりと負けると、リッシュやレオナルドたち貴族から、見下げ果てた屑として貴族式の制裁を食らった。みんなご存じ袋叩きだ。

 ほっぺにドングリを貯め込んだリスみたいに頬を腫らし、「ママァ」と泣いて帰った黒歴史は、死ぬまで語り継がれるだろう。


 こうしてトポロは沢山の大切な何かを失った。ついでにいうと、後日、この顛末知ったアデルに元帥と貴族の地位を剥奪された。悲しいことのオンパレードである。


 決闘が終わるとご褒美だ。トポロから大金貨五〇枚を巻き上げているので、帝室令嬢は大盤振る舞い。駆けつけたエキストラのみなさんに、一人につき小銀貨一枚のボーナスを支給した。それから食事と酒が振る舞われ、残った大金貨は貴族の人たちに分け与えた。


 こうして一人を除いてみんなハッピーになり、すべて丸く収まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る