第325話 トベラの里帰り④



 マルロー邸で合流したエレナ事務官に、決闘に及んだ経緯を話すと、実に渋い評価をしてくれた。

「駄目ね。スレイド大尉、今回は早計だったわね。たしかに国法を盾に決闘を認めることはできる。だけど、参加定員は決まってないの。いくらでも援軍を呼べるわ。それも自分の領地だから、いくらでも……」


「マズいことになりましたね。相手は腐っても元帥、総動員したら万はいくんじゃないですか?」


「買爵貴族だったら、無駄な兵は置いてないでしょう。あいつらケチだし。せいぜい見積もっても三千ね。それ以外にも駆けつけるかも……戦争じゃないから冒険者を雇えるし、傭兵も……。でもお金がかかるから知れてるでしょう」


「まあ、それでも多いんですけど……」


「ただ注意すべき点が一つ、王族は参加できないの」


「えっ! それかなりヤバくないですか! 俺たち手助けできませんよ。魔法で一気にかたをつけようと思っていたのに」


 俺とエレナ事務官のやりとりを聞いて、トベラの顔が青ざめていく。

「あのっ、私、とんでもないことを…………」


 萎縮する少女伯爵を、エレナ事務官は抱き寄せる。

「トベラが心配することじゃないわ。慰霊碑建立こんりゅうは私が認めた案件だし」


「で、ですが、三千の兵を相手にするなんて……私にあつめられる兵はどうやっても千が限界です。こんなことになるなんて……私が軽率でした」


「大丈夫よトベラ、ちゃーんと考えてあるから」


「ですが、これは私の招いた事態。責任は私にあります!」


「たとえそうであっても、私はあなたを見捨てないから安心して頂戴」


「エレナ様!」


「本当よ。だから私に任せて」


「はいっ、エレナ様を信じます!」


 麗しい上司と部下の一幕が終わると、今度は俺の番だ。

「スレイド大尉ちょっと」


「なんでしょうか?」


「お願いがあるの、いいかしら?」


「……そんなことだと思いましたよ。でも、今回の件に関しては喜んで。で、どんなお願いですか?」


「スレイド大尉には……」


 頼もしい上官から悪知恵を授けられた。





 決闘当日。

 トポロ領の広場に入りきらないほどの敵が待ち構えていた。

 対するトベラ勢は、ミルマン子爵とマルロー領の兵士が千人。

 俺からはメルフィナとイレニアを加勢に出している。一応、俺も王族あつかいなので決闘には参加できない。魔法で一撃という逆転策を封じられた。せめてもの手助けに、正式な妻でない彼女たちを出すくらいだ。

 なんともやるせない。

 ちなみに妻であるティーレは拳を握り怒りを堪えている。カナベル元帥は呑気にワインを嗜み、ティーレ付きの密偵ルディスはキャラメルを頬張っている。

 怒りに打ち震える妻とは打って変わって、気楽な人たちだ。その図太い神経が羨ましい。俺の胃にも少し分けてほしい。

 問題のトポロ元帥はというと、圧倒的な兵力の差に酔い痴れている。

「負けを認めるのならば、いまのうちです。どうしますかマルロー伯」

 王都攻めで足を引っぱった元帥様は、ドヤ顔で降伏勧めてきた。

 まあ、無理もない。かきあつめた兵は八千近くもいる。旌旗を翻し、整然と立ち並ぶ兵の質は高い。

 たかが少女伯爵に、大人げないことこの上ない陣容だ。

 こんな奴が元帥だと思うと情けなくなってくる。

 思わず手で目を覆ったら、

「そう悲観なさらずとも、よろしいですよ。慰霊碑の取り壊しを認めてくれればすむ話ですから」

 ……ちがうんだよなぁ。

 勝利を確信して疑わないトポロ元帥。無能な買爵貴族が悲劇に直面するのはもう少し先だ。

 胸を反らして踏ん反り返る滑稽な買爵貴族に、俺たちの黒幕であるエレナ事務官が話しかける。

「本当に決闘をするの?」

「ええ、当然です。勝ちは見えていますからね、みすみす好機を逃がす馬鹿はいないでしょう」

「そ、じゃあ決闘するっていうことでいいのね?」

「もちろん。正々堂々と戦う所存です。ではさっそく始めましょうか?」

 太陽はまだ真上にのぼりきっていない。

 自身で昼だと時間を切っておいて、とんでもない男だ。

「まだよトポロ元帥。あなたが指定した時刻は昼だったわよね。ってことは太陽が真上に来ないと。仮にも元帥なんだから、自分で言ったことは守ってちょうだい」

「待つ必要はないでしょう。私の勝利は揺るぎません。それがたとえスレイド領からの援軍が来たとしても」

 なかなか鋭い。スレイド領に駐留している兵士は五千だ。さすがにすべてを投入できない。治安維持のためにも最低限の人員は必要。まわせる兵は良くて四千だろう。

 商人あがりの多い派閥に属しているだけあって、計算は得意のようだ。しかし、馬鹿には変わりない。

 援軍を寄越すのが俺の領地だけとは限らないからだ。

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