第324話 トベラの里帰り③
それにしても意地汚い連中だ。
ついこの間まで戦いがあったのに、その弔いに建てた慰霊碑を取り壊すなんてよく言えるな。遺族の前で同じことを言えるのだろうか?
ティーレはもとより、同行している妻やお妾さんもみな同じ考えのようで、怒りを
トベラに降りかかった問題なので、しばし静観する。これは彼女が解決するべき問題だ。とはいえ、困るようであれば手助けするが……。
優秀な少女伯爵は、毅然とした態度で反論した。
「慰霊碑を取り壊すことはなりません。そもそも、その慰霊碑は先の戦いの戦没者を供養するためのもの、それに
「王妃様の名前を出して脅しても無駄だぞ。これは領地の問題なんだからなぁ」
どうやら、転んでもただでは起き上がらないらしい。しぶとい小悪党だ、まったく意地汚い。
どうしてやろうかと考えていたら、渦中の元帥様がやってきた。
成金じみた、ピカピカした衣装を着ている。もちろん両手の指には大粒の宝石がのった指輪をしており、ニッと剥いた歯にはところどころ金歯が見える。まさに歩く身代金。野盗どもの餌食になればいいのに……。
そのトポロ元帥が、ティーレに歩み寄り大仰な身振りで挨拶する。
「これはこれはティレシミール王女殿下。このような何もない田舎に来られるとは、どのようなご用ですかな」
「トポロ元帥、慰霊碑を取り壊すのをおやめなさい」
「これは異なことを、我が領地に勝手に慰霊碑を建てたのはマルロー伯ではございませんか。非があるのはそちら。陛下から統治を任せられた我が領のことを問題視なさるとは……いやはや呆れて物が言えませんな」
ティーレのこめかみに血管が浮いた。
どうしようか? 放っておいてもいいけど、それだとトベラが可哀想だし……。
考えあぐねていると、トベラがトポロ・アークに詰め寄った。
「決闘を申し込みます!」
決闘! そんなのあるんだ。で、どうやって勝負するんだ?
「ほう、トベラ伯が私の相手をすると? 生憎、子供とじゃれあうほど暇ではありません。私にはここマロッツェを一大リゾート地にするという大役がありますから」
「リゾート地だって?」
俺が口を開くと、待ってましたと言わんばかりにトポロは説明を始めた。
「ええ、そうです。閑静な湖のほとりに高級宿泊施設を建てようと考えています。第二王都もすぐそばにあり交通の便もよく、まさにリゾート地にうってつけ。美しい湖の景観を売りにしようと考えているのですが、そこに慰霊碑があってはぶち壊しです」
いやいやいや、戦没慰霊者を
っていうか、コイツ本当にアデル陛下やカーラと一緒に戦っていたのか? ともに国のために戦った者たちの慰霊碑なのに、よくそんなことが言えるな……。
はっ! 決闘の話から逸らされている! 危うく相手のペースに飲まれるところだった。
「ところで決闘って?」
ふと出た疑問にメルフィナが答えてくれた。
「貴族同士の名誉を賭けた戦いです。こういったちいさな諍いを解決するのに用いる方法ですが、最近はあまり見かけませんね」
「そうなんだ。明確なルールとかあるのか?」
「特にはありません。ただ、加勢という形で参加者が増えていくことから、不毛な戦いになることが多く、先王が濫りに決闘をしないよう国法を改定なされたはず」
「さよう、正当な理由なくば決闘は成立しません」
トポロは胸を張って言うが、領地問題は正当な理由ではないというのだろうか? 理解に苦しむ。
法律に詳しければ対抗も可能なのだが、あいにくと俺はそういった小難しいことが苦手だ。それに法律に関するデータを外部野に保存していない。
法律関係に強そうなエレナ事務官もここにはいないし……困ったな。
このなかで一番詳しそうなティーレに顔を向けると、彼女は何やら心当たりがある様子。意味深に口角をあげている。
それなのに動く気配がない。一体何を考えているんだ?
そうこうしている間に、トベラがトポロに肩をぶつける。
ここでやるのかッ!
「正当な理由ならあります! 慰霊碑です」
「だからそれは領地の問題だと言っているではないか。不服ならばアデル陛下に申すがいい。ま、たかが伯爵の世迷い言に耳を貸すような陛下ではないと思うがな」
「言わせておけばッ!」
トベラが腰の剣に手をかけた瞬間、ティーレが口を開いた。
「国法では王族が認めた場合に限り、特例で決闘が受理されます。それに慰霊碑の問題は正当な理由です」
「な、ならば受けて立つまで! し、しかし、私にも貴族としての体面があります、しばし時間をいただきたいがよろしいか?」
「かまいません。助けを呼ぶなり、許しを請うなり好きになさい。ですが受理されたからには逃げられませんよ」
ここぞとばかりに王族オーラを見せつけるティーレ。さすがは我が妻、痺れる采配だ。
「決闘の日時は明日の昼、我が領地にある広場で受けて立つ! トベラ伯こそ逃げ出すでないぞッ!」
そう言い残すと、トポロ元帥は逃げるように去っていった。
その後ろ姿に、ベルーガの誇る元帥の威厳はない。
慰霊碑の取り壊しは保留となったので、俺たちはトベラの屋敷へ向かった。
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