第323話 トベラの里帰り②
マロッツェに到着してまっ先に受けた洗礼は、上官であるエレナ事務官からのお叱りだった。
「スレイド大尉。家庭の事情に踏み込むのは無粋だってわかっているけど、夜中にあまり騒がないでほしいの。わかる?」
「騒ぐ?」
エレナ事務官は無言で俺の妻とお妾さんを指さした。
なるほど。あの件か……
静かに〝にゃんにゃん〟をしていたつもりが、エレナ事務官に筒抜けだったらしい。
「……わかります」
恥ずかしいし、申し訳ない。なので素直に謝ることにした。誠意を見せようと土下座しようとしたら、
「それはやめて。ティーレが見てるから、あとでアデルに苦情が来るわ」
向こうは向こうで大変らしい。
「ティーレですか?」
「カーラもよ。仲良し姉妹だから、連携して責められると困るの」
「エレナ事務官が?」
「さっきも言ったでしょう、アデルよ。妹にあたる第三王女――ルセリアはともかくとして、二人の姉には頭があがらないらしいの」
その気持ちわかる。
燻っている状態なので、ここは穏便に火の始末をしよう。
同行していた妻たちに事情を説明して、帰りは〝にゃんにゃん〟を自粛するよう諭した。たぶんこれで丸く治まるはず。
「申しわけありません、あなた様」
「今後は自粛します、旦那様」
「閣下の足を引っぱらぬよう気をつけます」
「右に同じく」
同行している女性陣も反省してくれたようなので任務終了。
厄介ごとも片付けたし、視察開始だ。
エレナ事務官は懐かしい思い出があるようで、ミルマン男爵――いまは陞爵して子爵になったミルマンの案内で別行動。なぜか側付きのトベラを押しつけられた。
ゴマすりではないが、この機会にトベラと仲良くなろう。エレナ事務官の側近だし……。
そんな下心もあって、トベラに話しかける。
「案内してもらって悪いね。適当に案内役を紹介してくれ。せっかく故郷に来たんだ、家に顔を出したいだろう」
「…………家族はもういません」
「いないって?」
「マキナとの戦いで命を落としました」
「…………」
悪いことを聞いてしまった。そんなつもりはなかったが、トベラの心の傷を抉る結果になってしまった。
優しい言葉を投げかけても、いまの彼女には届かないだろう。
一言だけ謝る。
「すまない」
「いえ、ですが私は生き残った。亡くなった家族のためにも、父についてきてくれた領民たちのためにも、私はこの森――マロッツェを豊かな土地にしないと」
強い娘だ。アデルといい、トベラといい、まだ遊びたい盛りの子供だ。俺ですら、同じ歳の頃は遊び呆けて大人の事情を知らなかった。それを考えると頭が下がる。偽善だろうか? トベラたちには争いのない平和な世界に生きてほしいと思った。
それから私的なことに話が移らないよう注意しながら、マロッツェの森を案内してもらった。
最後に、エレナ事務官が建てたというちいさな砦へ向かう。
「森を抜けて、しばらく歩くと新しく建てられた立派な慰霊碑があって、その先に川があります。徒歩でも渡れる浅い川です。そこを越えるとエレナ様が建てた砦へ行けます」
エレナ事務官のこととなると、トベラは
森を抜けて歩いていると、突如、トベラが走りだした。説明していたのとはちがう方向だ。
川の源流へ向けて、慌てて走っていく彼女に俺たちもつづいた。
トベラは、川の源流――湖のそばにある石碑の前で揉めている集団へ向かって走っている。
何か問題でもあったのか?
石碑の前に到着すると、ミルマン子爵が出迎えてくれた。気紛れな帝室令嬢はスレイド家のメイドを連れてどこかへ行ったらしい。
「トベラ伯、それに王女殿下も! なぜここへ」
王女殿下の登場と聞くや、集団の男たちは黙り込んだ。
「ミルマン子爵、何事ですか?」
「……そ、それは」
申し訳なさそうに俯くと、ミルマンはトベラに視線を飛ばした。
「ミルマン、慰霊碑のことで問題でもあったんですか?」
「…………」
何も言わないミルマンに代わって、集団の一人が言う。
「大ありです! アッシらは邪魔な慰霊碑を壊すよう元帥様から仰せつかっているんですよ。それを伯爵様の領地だからとこの貴族様は言い張るんです」
「何を言うか! ここは間違いなくマルロー家の土地。トポロ元帥の領地は川向こうのはず」
「そっちにも川があるじゃないですかい。アッシら川の手前にある邪魔な慰霊碑を取り壊すよう元帥様から仰せつかってるんでさぁ」
男が小川を指さす。
用水路みたいにちょろちょろ流れる
一応、男の言い分を聞いてみると、マロッツェの森を出て最初の川までがトベラの領地らしい。そこから先は買爵貴族の派閥――革新派に属するトポロ・アーク元帥の領地だと主張する。
アデルが褒美である領地について取り決めたのはそれよりも前だ。こんな溝はできていなかったはず。
詭弁もいいところだ。どう考えもイチャモンだろう……。
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