第322話 トベラの里帰り①
昇進見送りは痛かったが、まあ実害は出なかった。それに会議の一件以来、敵対派閥も鳴りを潜めたし、ここはよしとしよう。
あんなことで諦める連中ではないだろうが、しばらくは安泰だろう。
最近は時間に余裕が出てきたので、いろいろと開発を進めることにした。
これまでいろいろ開発してきた。料理やスイーツ、酒といったグルメは当然のことながら、風呂やトイレといった衛生設備に、足踏み式の原動機、魔道具式の原動機、ネジ、釘、紙。あとマッシモさんには医薬関係を依頼している。
今回はそれ以外について開発していこう。
民生品を主につくっていきたいと考えているので、家事に詳しそうな魔族メイドの二人組に尋ねた。
「フローラさん、ミスティさん、こういうのがあったら便利だなという魔道具や品物はありませんか? もしくは重労働で困っていることとか」
即答したのは緑髪緑眼のフローラさんだ。
「針仕事と洗濯物ですね。あれは重労働ですから」
しばし考え込んでからミスティさんがつづく。
「私も洗濯物です。主に干すほうですね。王都近郊――中部は雨のつづく日が多いですから。それと服の皺なんかも。器用な魔術師は火の魔法で乾かすらしいですが、私どもはそういった制御が苦手でして。それ以外には見やすい鏡なんかを」
洗濯に関して要望が多かったので、今回は洗濯関連重視で開発しよう。あと鏡もほしいな。この惑星の鏡は金属を磨いたものが多い。あれはいただけない。すぐに曇ったり、錆びたりして写りが悪くなる。たしか鏡に関しては宇宙古代史の工業資料にデータがあったはず。必要な薬品さえ揃えばなんとかなるだろう。
とりあえずフローラに足踏みミシンを渡して、洗濯機の開発に取りかかる。
ガンダラクシャで一応の完成品はできている。今回は改良を加えよう。改良すべき問題があるとすれば回転力を伝えるベルトだ。皮よりも効率のよい物をつくることにした。耐久性もあり伸び縮みする合成樹脂製のゴムだ。
合成ゴムを開発しよう。
ほかは魔道具で水と温風を制御すればいい。
あとは……洗剤か。
界面活性剤の製作になるな。
この惑星に降りたって間もないときに発見した樹木に界面活性剤が採れるものがあったはず。
それを利用しよう。
開発に勤しんでいたら、エレナ事務官から呼び出しを食らった。
「今度はなんだ?」
伝令の騎士が言うには、エレナ事務官はマロッツェへ視察に行くらしくので、そのお供として同行するようにとのこと。
ロビンという心強い味方がいるのだから用心しなくてもいいのに。
本人に文句を言おうと、会いに行ったら、
「視察は口実。久々に羽根を伸ばしてくるのよ」
「アデルは?」
いつも彼女にべったりの義弟の名を出すと、エレナ事務官は微妙な顔をした。
「アデルはお留守番。ロビンにお守りを任せてるわ」
「一人だけでバカンスですか? 感心しないなぁ」
「スレイド大尉の言いたいこともわかるけど、依存されても困るのよ。国王なんだから一人で政務をこなせるようにならないと」
「あっ、そういうことか!」
これを機に独り立ちを促すというのだ。手厳しい帝室令嬢にしては甘い判断だ。カーラが残っているのなら、泣きついてでも政務を手伝ってもらうだろう。
その辺、読んでいるのだろうか?
「カーラは?」
「今回は手助けしないそうよ」
「でも、なんだかんだ言って、カーラは弟には甘いんでしょう?」
「甘いけど、スレイド大尉ほどではないわ」
「えっ、そうなの?」
意外だ。カーラは妹弟を何よりも大切にすると聞いている。それが俺のほうが上なんて……。
呆けていると、エレナ事務官は眉間に皺を刻んだ。
「自覚が無いようだから言うけど、いまのカーラ、あなたが死ねと命令したら喜んで死ぬわよ」
「マジでッ!」
「信じたくないけどマジよ。知らないでしょうけど、あの娘ひとりになると机にあるスレイド大尉の肖像画像をずっと眺めているわ。ときどきため息なんかついたりしちゃって。いままで恋愛経験がなかったからなんでしょうけど、反動が酷いの。同じ女性の私から見ても重症よ。……カーラのことちゃんとケアしてる?」
「…………いや、普通としか」
「駄目よ。ちゃんとケアしてあげなさい。裏でいろいろ便宜を図ってくれているんだから」
「……はい」
年下の帝室令嬢に怒られるとか……情けない。
血の繋がりの無い義理の兄妹となったエレナ事務官の小言を聞いているうちに準備は終わり、北部――マロッツェへ出立する。
今回同伴する妻は、カナベル元帥とティーレだ。
マリンやホエルンもついてくる気満々だったが、クジ引きでこうなった。
それにしても二人とも引きいいな……。前回もアタリを引いていたし、強運の持ち主か?
そんなわけで、カーラのケアは保留になった。その分、あとでしっかりケアしてあげよう。ティーレとはちがった意味で重い愛だけど、美人に好かれて嫌な男はいない。
留守番の妻たちにお土産を買ってくると約束して、いざ北へ。
王族の足として定番になった魔改造馬車で王都を発ったのだが……。
「バーンスタイン家の者がなぜこのような場所にいるのですか」
ティーレにとって予想外の同行者だったらしく厳しい口調で問いただす。
そう、いまは亡き軍務卿のご令嬢メルフィナとイレニアが俺の護衛としてついてきたのだ。
「スレイド閣下の護衛は我ら姉妹の役目。離れるわけにはまいりません」
「そうです。アタシたちは任務で同行しているのです」
つり目のメルフィナが毅然と言い放ち。妹のイレニアが追従する。かなり強固な押しだ。
対するティーレは俺の前ということもあり、怒れないようだ。
ちなみにカナベル元帥はなんとなくわかっていたようで、澄まし顔。
となるとティーレの行動は…………。
「あなた様からもなんとか言ってください。せっかくの二人っきりの新婚旅行が台無しです」
「三人です。私もいますよ、ティレシミール殿下」
「……カナベル元帥、臣下として、少しは遠慮というものを」
「いいえ、遠慮はしません。妻ですから、愛人ですから、友人ですから!」
見事な事実の三段活用でティーレを封殺すると、すさかず追い打ちをかける。
「そうですよね、旦那様」
「だ、旦那様!」
初耳である。いままで侯付けで呼び捨てすることのなかったカナベル元帥が、ここにきて化けた。
「今日は一体どういう風の吹き回しなんだカナベル元帥」
「その呼び方は不適切です」
ノンタイムで拒絶された。
きっとメルフィナとイレニアの手前、同僚のような馴れ合いはしたくないのだろう。
譲歩して、名前を呼ぶ。
「アルシエラ、どういう風の吹き回しなんだ」
「それも不適切です」
「…………」
拒絶二回目だ。宇宙の常識よろしく、三回目の拒絶はセンターへお問い合わせくださいと言わんばかりの圧をかけてくる。
強敵だ。
家族だけのときに呼び合う名をつかえと?
「し、シエラ」
「なんでしょう旦那様」
「その、なんだ、ティーレは家族なんだし、あまりきつい言い方をしないでくれ」
「そんなことですか。わかりました今後は注意します」
「そんなことじゃないと思うけどな」
「いいえ、そんなことです。私は旦那様の妻です。その点、お忘れなきよう」
うーん、どうやらメルフィナたちより格が上だと主張したいようだ。その気持ちはわかるけど、ティーレを蔑ろにするのもね。
そんなわけで、一等席である俺の左側をティーレに譲り、カナベル元帥は右側に座らせた。
メルフィナとイレニア、それにティーレの側付きであるルディスは俺の対面だ。
乗り心地の良いはずの馬車に、なぜか気まずい空気が流れる。
胃が痛い。
常備薬となった胃薬を飲もうと、腰から吊したポーチからとりだしたら、
「あなた様、私が飲ませてさしあげます」
「王女殿下がするようなことではございません。旦那様の近しい元帥である私がいたします」
今日に限って、カナベル元帥が食い付いてくる。なぜだ!
「カナベル元帥がするほどのことではありません。ここは我々が」
「我々が!」
珍しくイレニアが先に動き、メルフィナがあとにつづいた。
「あなた様ぁッ!」
狼狽を隠せないティーレ。
これ以上、拗れるのは勘弁してほしいので自分の手で飲んだ。
すると四人から凄まじい殺気のこもった視線が……。どうやら悪手だったらしい。しかし後悔はない! 彼女たちを平等に愛すると誓ったのだから。
女性陣の痴話喧嘩めいた遠回しの非難を浴びているうちに、宿営予定地に到着した。
今日ほど時間が長く感じられたことはない。王都に戻ったら個人用の馬車をつくろう。うん、それがいい。
それから数日。妻たちとの〝にゃんにゃん〟と、ティーレに土下座をして頼み込んだメルフィナとイレニアとの〝にゃんにゃん〟を経てマロッツェに到着した。
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