第320話 会議②



 しかし、ここからどう巻き返すのだろう?


 救いの手は意外なところ差し伸べられた。

 黙っていたルセリアが思い出したかの言う。

「そういえば、以前エクタナビアで敵に内通していた貴族がいました。商会を営んでいた貴族です。名前はたしか……ビクノ。そう、カデ・ビクノ! どこの派閥の者でしょうか?」


 エレナ事務官が、にこやかにつづける。

「だったら私も思い当たる商人がいるわ。ゴヨーク商会。東部に遠征したときに暗殺者を差し向けられたわ。気になって詳しくしらべてみたけど、カニンシン卿と過去に繋がりがあったわね……なんでも王都での商いでは協力関係にあったとか。ああ、これは噂じゃなくて事実だから。屋敷で働いていた人や商人たちから聞き出したからまず間違いないわ」


 とたんにカニンシンが身体を縮める。

「それと、王都で要人を暗殺しようとしていた連中もいたわね。〝十三姉妹〟って名前の組織だったかしら。そいつらを引っ捕らえて尋問したところ、依頼主は貴族だと判明したわ。どれも革新派に籍を置いている貴族だけど、不思議なこともあるわねぇ」


 カニンシンは眉尻を下げて、困り顔だ。汗をたらたら流し、その顔色は明らかに悪い。


「あら、どうしたの、カニンシン卿? 顔色が悪いわよ。体調でも悪いの?」


「い、いえ、そのようなことは……」


「元気がないわねぇ。。それなのに、なぜそんな顔をしているのかしら?」


「突然、腹の具合が悪くなりまして」


「それは大変。ベルーガを支える大貴族カニンシン侯爵に何かあっては一大事だわ。陛下、カニンシン卿を診てもらうよう、施療院に通達しましょう」


「そ、それだけは……」

 カニンシンが言うよりも先に、アデルが言葉を発する。

「うむ、それが良いな。カニンシンよ、会議を退席し施療院へ行くことを許す。いまから行くがよい」


「陛下のご心配にはおよびません。このカニンシン、腹痛ごときで会議を抜けるなど恐れ多くてできませぬ」


 なぜか施療院という言葉に、カニンシンが異常に反応する。


 いい大人が注射が怖いとか? まさか……ね。


「臣下に無理強いをするような王にはなりたくない。気がねせず施療院へ行くがよい」


「大丈夫です。この通りッ! 痛みは引きました!」

 両手を広げ、健康であることを知らしめようとするが、

「余は許すと言った。それを固持こじするとは、いかなる了見か?」


「あっ、いえ、陛下の御心をわずらわせたくない一心で、つい」


「煩わせたくないのであれば、一度、施療院に行くがよい。そのほうが余はすっきりする。これがもし大病の兆しであれば、無能な王だと笑い者になってしまう」


 施療院に行けと言わなかったが、無言の圧力を感じる。


 義弟の頼もしさに感動した! いいぞッ、やれッ!


 玉座の間に詰める群臣もカニンシンの旗色が悪くなるや、アデルの意見に肩入れし始める。


「カニンシン殿、陛下もああ言っておられるし、施療院へ足を運んでは? マッシモなる院長、腕はたしかですぞ」

「左様、長年煩っていた腰痛も最近はすこぶる調子が良いですからな。控え目にみても優秀な医師ですぞ」

「陛下のお言葉もあります。行かれては?」

「まさか、陛下の御心を踏みにじるようなことはあるまいな」


 攻められる側にまわったとたん、カニンシンは顔をくしゃくしゃにした。いまにも泣きだしそうな顔で、未練がましく玉座の間をあとにする。


 俺の褒美は有耶無耶にされたが、でっちあげの不祥事も有耶無耶にされた。

 こっちとしては損した気分だが、あれこれ言われつづけるよりマシだ。嫌なカニンシンも追い出されたことだし、これでよしとしよう。


 会議はつづく。

 今度は南部だ。

 南の都市ハンザはセモベンテが押さえている。そこを基点に南西の支配を固めていくことで方針は一致した。


 会議の終わりにさしかかったところで、ある貴族が名乗りをあげた。

「陛下、発言をお許しください」


 白髪白髭の矍鑠かくしゃくたる老人だ。ピンと背筋を伸ばし、どの貴族よりも威厳があった。


 名のある武人だろうか?


「許す、申してみよ」


「はっ、臣、オズワルド・フレデリックは南部で最後まで抗戦をつづけてきました。ともに国土を守り抜いた同士は多く、彼らが失ったものは莫大です。王都奪還で活躍されたセモベンテ元帥の功績は大きいですが、我らも負けてはおりませぬ」

 オズワルドが軍人並に鍛え上げられた体躯を揺する。


「知っておる。其方らの忠義については領地追贈で報いたと思うが……」


「正直に申し上げます。南部の報奨について異議があります。我らが失ったものに対して、あまりにも少ないかと」


 オズワルドの弁舌はたくみだった。言うべきところは声を大にして発言し、最後には申し訳なさそうに声量を落とす。

 言葉だけでなく、声量で感情に訴えている。


 アデルだけではなく、玉座の間にあつまった群臣に聞かせるような喋り方。よく通る声だからできる芸当だ。

 下手な政治家よりも上手いスピーチに、群臣は耳を傾けている。


 玉座の間は完全にオズワルドに呑まれていた。


「追贈では足らぬか……ではもう一声、元ある領地を倍にするというのはどうだ?」


「…………」


「これでも足らぬというか……オズワルド、欲が過ぎるのではないか?」


「領地開拓ならまだしも、すでに人の居着いた土地でございます。マキナの兵によって焼かれた家屋や田畑の復旧には時間と金がかかります。我らは抗戦に私財を投じました。復興にまわす余裕は無いのです」


 この理屈はおかしい。資金繰りに苦しんでいるのは南部だけでない。

 東部や北部もいろいろ捻出ねんしゅつしているし、西部も抗戦をつづけてきた。なかには領地を追われた貴族もいる。その貴族たちですら金の無心をしていないのだ。


 それに南部は肥沃な土地が広がっており、農耕だけでも運営は成り立つ。たしかに田畑を焼かれたのは痛いが、一から開墾するわけではので立て直しは楽なはずだ。

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