第317話 subroutine ホリンズワース_裏方の日常③
◇◇◇ ホリンズワース視点 ◇◇◇
予約当日。
その日は久々におめかしをした。
「男のお洒落はさりげなく……」
あえて香水は振らない。時間をかけて丁寧に髭を剃り、髪をセットした。
すぐに不要となるだろうが、一張羅の服に袖を通す。革靴をピカピカに磨いて、最後に鏡で確認。
「惚れ惚れするイイ男だぜ」
お洒落にはいつも以上に時間をかけた。フル装備で自宅のアパートを出る。
件の姉妹店の前を通り、リラのいる娼館へ入る。
今日に限って、商売女どもを見かけない。そういう時間を指定して、リラは俺を呼んだのだろう。
予約した部屋に入ると、極上の女がいた。
いつものような安っぽいドレスではない。貴族令嬢が着るような気品溢れるイブニングを着ている。胸元までしかないそれは清楚でありながら情熱的だった。
「あいかわらず時間には正確だね」
「女を待たせるのは流儀に反するからな。特に極上の女が相手なら、なおさらだ」
さっと部屋を見渡すと、テーブルにいつもは無いワインが置いてあった。
俺としてはエールやラガーなのだが、今日くらいはつきあおう。
「時間はたっぷりとってある。一杯やるかい?」
「そうだな。たまにはじっくり話したい」
理想の女のタイプや一人暮らしの様子など、くだらない
それから軽く口づけを交わして、リラがベッドへ誘う。
俺としては早々に彼女に
ベッドで待つリラに尋ねる。
「この前の頼みだが……覚えているか?」
「入れ墨をした娘だね。覚えているよ」
「何人くらいいた?」
「そうさねぇ……ピッタリ九人いたよ。ずっとこの店から見張っていたんだから間違いないよ」
〝十三姉妹〟は呼び名通り一三人からなる女暗殺者集団だ。そのうちの四人がマッシモのおっさんに寝返っている。リラの話が本当なら残りすべてが向かいの姉妹館にいることとなる。
「九人か……ちょうどだな」
「何がちょうどなんだい?」
リラがにこやかに聞いてくる。
「いや、こっちの話だ」
暗殺者はすぐ近くにいる。なのでAIに警戒を強めさせた。
【M1、警戒態勢をとれ。周囲のスキャンも怠るな! アクシデントがあってもいいように、身体強化だけしておけ】
――了解しました――
用心深すぎる気もしたが、これくらいでちょうどいい。戦場じゃ、注意を怠った奴から死んでいく。ご主人様からのちゃちなお遣いだが、まだ命を落としたくはない。
――確認できませんが、部屋の外にいる人たちはどうしましょう?――
【確認でき次第マーカー打っとけ】
無粋なAIとの会話が終わると、本命のリラに移る。
ベッドに腰かける彼女の隣に座ると、リラはいそいそとドレスを脱ぎだした。
その手を掴んでとめる。
「なあ、店以外で会えないのか?」
「それは御法度だよ。ルールは守らないとね」
「プライベートならいんだろう? どうだ今度?」
「んー、考えとく。それよりもはやくやろうよ」
「ちょっと待っててくれ」
言って、俺はドアの鍵をかけた。それからドアノブの金属部分に指をあてて、廊下をスキャンする。
用事がすむと、ベッドに戻り、
「邪魔されたくないからな」
一連の行動に違和感があったようで、リラは怪訝な表情をしている。
その彼女の頬に手をやり、優しく髪をつまむ。
「なあ、聞きたいことがあるんだがいいか?」
「なんだい?」
女の貌をする彼女に、思っていることを打ち明けた。
「おまえやゾーイ、クーシェに関することなんだが……なんでいつも血の臭いがするんだ?」
とたんにリラは立ちあがった。
その手を掴んで、ベッドに引きずり倒す。
「なっ! 何をッ!」
ドレスのスカート部分に手を滑りこませて太股をまさぐる。ガーターリングに留められているナイフがあった。
慎重にそれを抜いて、刃を舐めてスキャンする。
――毒が検出されました――
毒の塗られたナイフを投げ捨て、彼女を拘束する。
「一体いつからッ!」
「初めて会ったその日から怪しいと思っていたぜ」
「クッ、偽装は完璧だったはず! なぜッ!」
「言っただろう、血の臭いが強すぎだ。香水で誤魔化しているようだったけどな、こっちは血の臭いに慣れてるんだ。それに入れ墨をした女が九人ってのもおかしい。おまえら〝十三姉妹〟のうち四人が寝返っている。残り九人。正確すぎだ。普通は九人くらい、もっといるかもと
「おのれッ!」
リラは唇をすぼめた。
ここから先の展開は読める。含み針だろう。
「おっと」
鋭い音ともに吹き出されたそれを躱して、リラの腕をねじりあげる。
「くッ! どこまでも人を
「おまえに熱心な常連客さ」
手持ちの紐で、後ろ手にリラを縛ってベッドに転がす。
戦意の萎えない女は凄まじい目で
おっかねー、まるでテロリストみたいだな……。
ま、後腐れなく始末するのもいいが、考え物だ。リラといい、ゾーイといい、こいつらは《《なかなか具合がいい》。始末するには惜しい。
となると、格の違いってのを教えてやる必要が出てくる。
マッシモのおっさんも強キャラだったが、俺も負けない自信はある。軍人として、それなりに修羅場をくぐってきたつもりだ。
とはいえ、全員相手に余裕勝ちはちとムズいか……。
適当に脅すことにした。
「まあ見てな」
魔法で硬化された大銀貨を上に投げる。それを高周波コンバットナイフで抜き様斬りつけて真っ二つにしてやった。
「宙にある大銀貨を一振りで……」
どうやら俺の大道芸はかなりのものだったらしい。床に落ちた銀貨の成れの果てに、リラの視線は釘付けだ。
「誰も、おまえたちを取って食おうって言ってんじゃない。悪いようにはしねぇ。まずは話し合わないか? それとも……」
腰に吊したレーザーガンで、枕をちょいと焼いてやった。
「…………アタイらを全員始末するってのかい」
「そんなことしねぇよ。殺すなら、何も言わずにブッスリだ。これ見よがしに自慢する奴は生き残れない。だろう?」
「……そうだね。ってことはあんたも暗殺者かい?」
「ただの雇われ軍人さ。ま、たまには暗殺なんて汚れ仕事も請け負うけどな。で、どうする? こっちにやる気はないが、そっちがやるってんなら話は別だ」
「…………」
「先に結果を言っておく。話し合いに応じないのなら、まず廊下の四人から始末する。それから天上裏に隠れている連中だ」
どれもスキャンでしらべた結果だ。天上裏に振動があったので潜んでいるのは知っているが、正確な数まで把握していない。それに、ほかにも隠れている可能性がある。でもまあ、脅しには十分だろう。
「ああ、それとマッシモっておっさん知ってるか」
「あの化け物か! あんた、アレとどういう関係なんだい!」
「同じ軍に所属していた同僚だよ」
おっさんの同僚と口にしただけで、リラの顔が青ざめた。
「あの化け物の同僚…………そんなの勝てるわけないよ」
実に遺憾なことだが、マッシモのおっさんのおかげで、すんなりと任務を達成した。
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