第314話 腰トントン



 親睦会を兼ねた視察で、久々に魔法をつかったのでヘトヘトだったが、夜の〝にゃんにゃん〟は頑張った。

 比較的楽なホエルンということもあって、睡眠時間を確保できた。

 問題はお次のカーラだ。彼女は寝かせてくれない……。



◇◇◇



 ぐっすりと寝て、目を覚ます。

 なぜかホエルンの腕枕で寝ていた。


 これって、男としてどうなんだろう?


 眠っているホエルンを起こさないように、身を起こす。

 とたんに視界がひっくり返った。


 一体何がッ!


 状況を確認するよりも、右腕に痛みが走るのが先だった。

「えッ!」


 鬼教官が眠ったまま、関節技をかけてきたのだ。しかも腕ひしぎ。最悪、骨がポッキリ逝くやつだ!


 振りほどこうとするが、ガッチリ技を極めている。逃げられない!


 さすがは教官、ここは潔く負けを認めよう。

 ペチペチと彼女の腕を叩くも、腕を締めあげる力は弱まらない。それどころか徐々に強くなっていく。


「やめてッ、マジやばいからッ! ホエルン起きてッ!」

 バシバシと叩き、最後思いっきり殴った。


「うう~ん」

 と、彼女は寝返りを打つ。

 ミシッと腕が啼いた。


「ほぁあーーー!」


 激痛が走り、寝ぼけていた脳が覚醒する。


 相棒のことを思い出し、助けを請う。

【フェムト、痛覚遮断!】


――仕方ないですね。……了解しました――


 それから腕を犠牲に、鬼教官の魔手から逃げた。

 朝食の場で、みんなから三角巾でぶら下げた右腕のことについて説明を求められたのは言うまでもない。


 一応、妻の名誉と信頼、それと立場のためベッドから転げ落ちたと嘘をついた。


 かなり苦しい嘘だったが、ティーレたちは納得してくれた。真相を知っているであろう宇宙軍の仲間はお口チャックで、恥ずかしそうに身を縮めている。仲間からの心遣いが虚しい。


 食事が終わるなり、エレナ事務官が手招きする。

 きっとホエルンのことだろうと思っていたら、魔道具をもらった。


「あの、これなんの魔道具ですか?」


「スタンガン的な魔道具よ。どんなに熟睡していても一撃で目が醒めるわ」


「……まさか、アデルにつかってないでしょうね?」


「そんなことするわけないじゃない。アデルにつかったら怪我じゃすまないわ」


 そんな物騒な物をなんで俺に渡すんだ?


「それならホエルン大佐も一撃でしょう。まあ、あの鬼教官のことだから、身体に染みついた条件反射だけで殴りかかってきそうだけど」


「あのう、それって夫婦げんか前提ですか?」


「そうなるかもね。でも安心して、喧嘩になっても止めに入ってあげるから」


 嘘くさい。限りなく嘘くさい。

 この人、俺で遊んでるんじゃないか? 最近そう思えてくるんだけど……。


「一方的に腕を折られるよりマシでしょう」


「まあ、そうですけど。殴り合いに発展したら、骨折どころじゃすまないと思いますが」


「大丈夫、死なない限り修復してあげるわ。そのためにマッシモを手元に置いているんだから」


 すべて織り込み済みか……抜け目がないな。

 マッシモさんで思い出したけど、例の件はどうなっているんだ?


「ところで、エレナ事務官、例の施療院職員の減刑についてですが……」


「それなら万事解決、問題なしよ。でも以外だわ。まさかあの闇ギルドの暗殺部隊〝十三姉妹〟を懐柔していたなんて」


「十三姉妹?」


「あら、知らなかったのスレイド大尉」


「初耳です」


 詳しく聞くと、十三姉妹というのは闇ギルドに所属する暗殺者たちだという。なんでも闇ギルドには七つからなる暗殺に特化した部隊が存在するのだとか。 野戦基地やエクタナビアで襲ってきたのはそいつらで、〝朱の雫〟〝底無しの奈落〟というビッグネームらしい。


 聞いた話だと、それらの残党はカーラが裏から手を回してすでに壊滅させたらしい。さすがは姉妹仲が良いと言われるだけのことはある。鬼だ。

 余談ではあるが、カーラは命を狙っていた〝朱の雫〟に、俺の暗殺依頼を出すつもりだったらしい。やはり鬼だと思う。


 現在は可愛い嫁の一人なので許してあげるが、これが仲違いしたまま義姉の関係になっていたらと考えるとゾッとする。

 まあ、実現しなかったIFの話だ。さらっと流そう。昔のことをぐちぐち言う男はモテないと聞くし。


 それにしても、俺の知らないところでいろいろ起こっているんだな。

 人生ってわからない。


 軽く身なりをととのえて、職場――執務室へ向かう。


 部屋に入る手前、隣室の扉が開いていたので気になって覗いてみると、

「おまえ様よ。今日はさほど仕事がないと聞く。実はオレもなんだ。よければだが…………これから二人で」

 眼鏡を外したカーラがいた。


 嘘は通じない。完全に逃げ道が塞がれた状態だ。

 それに拒否する理由も無い。


「食後で胃がもたれてるから……」


「だったら食後の運動をしようではないか。……一緒にな」


 そう言うカーラの頬はわずかに上気していた。間違いない! これ〝にゃんにゃん〟の流れだッ!


「そうだ。城下町へデートっていうのはどうだ? 新婚気分も良いけどさ、俺たち結婚前の胸がときめく経験ってあまりないだろう」


「それもいいが、今日は別な気分だ」

 そう言って、カーラは俺の首に腕をまわし、熱い吐息を耳元に……。

 ホエルンの腕ひしぎとはちがった絶望感がした。


「別な気分って、お風呂に入ってからするアレな感じか?」


「そう、おまえ様がいま考えている、アレな感じだ」


「途中休憩は?」


「不要」


 その日は丸一日カーラと〝にゃんにゃん〟した。

 おかげで腕の骨の修復が遅れた。理由は、修復に回す分のカロリーと材料を絞り取られたからだ。

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