第313話 夫の意地



 以前、部下たちの前で親睦会も兼ねたピクニックへ行こうと言ったので、今日はそれを実行することにした。


 口先だけの男だと思われたくないし、成り上がりのケチンボだと陰口を叩かれたくもない。それに仕事だけの血も涙もない上司だと思われたくもない。

 そういった打算に満ちた思惑から決行することになったのだ。


「ようし、今日は書類仕事は無しだ。いまから王都周辺の視察へ行こう!」


「それはよろしい考えですね。天気もいいし、遠出にはうってつけです」

 レスポンスの速い財務卿の姪――エルメが賛同する。


 それに続いて、みんなの声があがった。

開墾かいこん灌漑かんがい作業の進捗も知りたいですし、視察へ行けば今後の参考にもなります」

「牧場の運営状況も気になりますし、ちょうどいい機会です」

「いいですね。駐留している兵の練度も確認もできますし、成果をこの目で確かめられます」


 仕事の話ばかりだ。なんというか、うるおいがない。俺よりも若いはずなのに。もうちょっと別の意味でよろこんでくれると思っていたんだけど……。


 はっ! もしや、これが社畜化かッ! ブラックは駄目だ! ホワイトな労働環境にしないとッ!


「今日のメインは親睦会だ! 視察は二の次、お互いに理解を深めよう」


 いかん! 俺が言ったらかえって気をつかわせてしまう!


 やってしまった感はあるが、これ以上は泥沼。なので黙ることにした。優秀な部下たちだ、察してくれるだろう。……そう願いたい。


 改造した馬車に乗り込む。例によってエルメンガルドをお姫さま抱っこして馬車へ乗せる。なぜか背後から殺気を感じた。


 殺気の主を目で追うと、軍務卿の姉妹と、外務卿の娘が視界に入った。


 なぜ女性ばかりなんだ? 解せん。


「いつもありがとうございます閣下」


 エルメのお礼の言葉に反応して、殺気の強さが増す。


 ああ、きっとセクハラだと非難してるんだな。一応、俺も王族だ。だから女性陣は面と向かって言えないのだろう。無言の抗議といったところか……。今後は立ち居振る舞いにも気をつけよう。


 馬車の乗員数は六名だが、女性陣四人が乗っている。俺が乗ると手狭になるし、女性だけのほうがくつろげるだろう。なので、男性陣用の別の馬車に移ることにした。


「だいたい一時間ほどで着くらしい。短い旅だが満喫してくれ」

 そう言って、馬車を降りようとしたら、腕を掴まれた。

 掴んでいるのは軍務卿の姉妹。つり目の黒髪銀目の姉メルフィナと、ぼさぼさ赤髪が爆発したようにポニーテールの妹イレニア。姉は冷たい表情で、妹は豪快な笑みを浮かべている。


 まさか、セクハラの件で叱られるとかないよな……。


「閣下、我らは護衛も兼ねています。どうぞこちらの馬車へ」

「そうそう、エドガーや弟じゃ頼りないからね」


 護衛の騎士も馬でついてくるので、そこまでしなくてもいいんじゃないのか……そもそも、馬車内で護衛って必要か?


 丁重に断ろうと口を開くよりも先に、車内に引きずり込まれた。


「閣下、こちらの席へ」

「こちらの席も空いています」

 メルフィナとエルメが袖を掴んで放さない。


 前のシートと後ろのシートを何度か往き来する。


 ちなみに進行方向である前のシートには軍務卿姉妹、後ろのシートにはエルメと外務卿の娘――ベルナデッタ。ベルナデッタは拷問により声を奪われていて喉を治した。癖のある短い髪で、むっちりとした女性だ。決して太ってはいない。深窓の令嬢を絵に描いたような貴族のエルメと雰囲気は異なるが、おっとりとした天然系で、まさに癒やし。


 おっと、こんなこと口にしたら、それこそセクハラ発言だな。思ってても黙っておこう。


「閣下、こっちに座ろうぜ」

「こっちになさいませ」

 今度はイレニアとベルナデッタが加わった。


 成り行きで妾になった彼女たちだが、ティーレたち同様に独占欲が強いらしい。ま、お妾さんって仕事もあるし、そっちの意味合いが強いかも。

 きっと俺がほかの女性に気移りしないよう、そうするよう命じられているのだろう。


 まあ、〝にゃんにゃん〟も無いし、気楽なイチャイチャを楽しむとしよう。


 しかし、女性に言い寄られるのは慣れない。夢にまで見たシチュエーションだが、実際にそうなってしまうと、どうしても戸惑ってしまう。


 いつもの俺なら尻込みするが、今日は強い味方がいる。クジだ!


「公平にクジ引きで決めよう!」

 四人に引かせる。

 色のついたアタリを引いたのはベルナデッタ。

 後ろのシート、ベルナデッタとエルメの間に座ることが決定した。


 おこぼれに預かる形となったエルメは、澄まし顔だがわずかに口端を上げている。

 ハズレを引いた軍務卿姉妹は不機嫌だ。姉のメルフィナはキツい目つきに、眉間の皺が追加された。


 美女二人に腕を抱かれながら馬車に揺られること一時間。目的の作業地に到着した。


 馬車から降りて、男性陣と合流する。エドガーは親睦会をいいことに酒を飲んでいる。こんなところ鬼教官にバレたら体罰ものだ。

 ホエルンを連れてこなくてよかったと安堵する。


「おっ、もう到着ですかぁー」

 千鳥足の彼は完全に出来上がっていて、視察どころではない。軽く当て身を食らわせ、馬車に押し込んだ。


「あの、閣下、なぜエドガーさんを……」

 最年少の部下――軍務卿の末子、フェリオは怪訝な表情を向けてくる。

 ベルーガでは成人あつかいだが、フェリオはまだ一六歳。なので、エドガーを悪い見本だと教えてあげた。


「昼間っから酒を飲むのは駄目人間の証だ。絶対に真似はするなよ。いいなフェリオ」


「はい。閣下がそう仰るのなら正しいのでしょう」


 従順な子供だが、フェリオには不安になる要素がいくつもある。姉二人も美人だが、末の弟のほうが美形なのだ。それも中性的な……。


 親御さんがいないだけに不安だ。メルフィナがいるから大丈夫だとは思いたいが、あの娘もちょっと常識離れしている。俺がしっかり後見人を務めねば!


「駄目な大人の見本も見たし、視察を始めるか」


 開墾・灌漑を指揮する責任者に面会を求める。

 出迎えてくれたのはジェイクとトベラ。ベルーガの未来を担う若手だ。


「お久しぶりです、スレイド閣下」

「お久しぶりです」


「二人とも久しぶり、視察に来たといっても、あれこれ注文をつけに来たわけじゃない。気楽にしてくれ」


「「はっ!」」


「それで、進捗具合なんだが……どうだ、上手くいってるか?」


「当初の予定よりもはやく進んでいます。伐採作業はほぼ終了。邪魔な岩も除けました。あとは石ころを片付けるくらいですね」

 土木担当のジェイクはそう報告するが、まだ続きがあるようで何やら言いたげだ。


「何か問題でもあるのか?」


「実は先日、ティレシミール王女殿下が来られまして」


「俺と同じような報告をしたのか?」


「いえ、残っていた伐採と岩の撤去作業を手伝って頂きました」


 臣民思いの妻に、ちょっと嬉しくなった。


「いいことじゃないか」


「それが樹木を伐採したり、岩を切断したり…………」


「それくらいなら俺もやったぞ」


「さすがに樹木数百本と、家屋ほどもある巨大な岩を片付けられると、我々も立場がなく…………」


 数百本! 家屋ほどの岩! 待て待て待て、ガンダラクシャでも一日にそこまでの量はやらなかったぞ!


 困惑する俺に、相棒が通信を入れてきた。

――ティーレの魔力量がさらに上がったようですね。おそらくカーラに触発させらたのでしょう――


【ってことは、俺とティーレの差が、いままで以上に開いたってことか】


――ラスティも成長していますが、ティーレのほうが顕著けんちょです――


 厳しい現実を突きつけられ泣きそうになった。これではますますティーレに頭が上がらない。一家の大黒柱としては情けない話だ。


 落ち込む俺に、フェムトが追い打ちをかけてくる。

――ラスティ、このままでは捨てられるのでは?――


【それはさすがに……】


 無いとは言いきれない。あまりにもショボい俺に愛想を尽かすかも。そういえば、ここのところ夜の営みもマンネリ化してきたし……不安だ。

 もしや、伐採や岩の撤去に手を貸したのは成果が出ていないからでは…………。だとすると、手伝ったのではなく俺の尻拭いをしたことになる。ヤバいぞ。家庭崩壊の危機だ!


 視察そっちのけで、残っている灌漑作業を手伝った。

 魔石と体力をかなり消費したものの、その甲斐あって灌漑用の水路工事を三日も短縮できた。


 収まらない動悸と汗。間違いなく不健康な働き方だ。しかし、悔いは無い。

 これで夫としての面目は保てたはず。


 とんだ親睦会になってしまった。

 仮にも俺は王族だ。てっきり部下から苦情が出てくるものだと思っていたのだが、意外なことに褒められた。


「さすがは閣下! 自ら先頭に立ち汗を流す。なかなかできないことです!」

「優れた魔術師と聞き及んでいましたが、まかさここまでとは……」

「評判以上の腕前ですね」


 せっかくの親睦会をぶち壊したというのに、彼女らは笑顔だった。それが怖い。


 ああ、きっと本人を前にして本音を言えないんだろうな……。昔の上官を悪く言えないな。


「あ、ありがとう」

 軽い自己嫌悪に陥る。


 日もだいぶと傾いてきたので、王都に戻った。


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