第311話 施療院



「私ごときのためにお時間を割いてくれて。本当によろしかったのですか、閣下」


「当然だ。上司たるもの部下の健康管理も仕事だからな」

 それっぽいことを言って、誤魔化す。セクハラ云々の追求が来る前に馬車に乗る。


 エルメンガルドが乗ってこないので、どうしたのかと覗いてみたら、

「すみません。足をうまく上げられなくて……」


 エルメンガルドは階段をのぼる程度しか足を上げられないようで、段差のある馬車に苦戦していた。


 慌てて馬車を降りて、彼女を抱き上げる。

「キャッ! 閣下、一体何を」


 彼女を抱きかかえたまま馬車に乗り込む。

 シートに座らせると、エルメンガルドは慌ててスカートの位置を直した。


 やってしまったか?!


「すまない。日常生活に不便がなかったようなんで、馬車に乗れると勘違いしていた」


「いえ、こちらこそ閣下のお手を煩わせてしまって」

 そう言う彼女の顔は赤かった。


 もしかして熱いのか? 馬車の断熱性を考え直す必要があるな。


 それからエルメンガルドは終始無言だった。


 特にこれといった会話もなく、マッシモさんの施療院に到着した。

 馬車を降りて、待合室へ向かう。


 意外なことに、この施療院は身分の差に関係なく診察は予約順だ。それが運営費を出資している王族であっても。

 マッシモさん曰く、人の命は平等、診療も平等らしい。

 頑固で気難しい人だけど、腕は確かで連日待ち合い室は外来患者でいっぱいだ。


「ご予約のエルメンガルド・カーライル様、一番の診察室へどうぞ」


 付き添う必要はないと思うが、一応、上司である。部下の状態を知りたいのでエルメンガルドと一緒に診察室に入る。


 回転椅子に腰かけた、顔見知り――癖のある髪とふくよかな体型の冴えない医師がいた。隣には背の高い看護婦ナースが立っている。美人の看護婦だ。さてはマッシモさん、面食いだな。


「スレイド大尉、お久しぶりです」


「お久しぶりです、マッシモ……医師」


「いまは院長をやっています」


「マッシモ院長。エルメンガルドの足の具合なんですけど、やはり脊髄の損傷は完治していないんでしょうか?」


 彼女は王城に捉えられていた間、拷問を受けたせいで下半身不随になっていた。なんとか歩けるように治療したが、それが以前のように動かせるか確認まではしていない。


「手当がよかったですね。完治していますよ。神経も問題なく繋がっています。ご覧になりますか?」


「よろしければ後学のためにも……」


「ガナル婦長、診察結果を」


 隣りに立つ長身の看護婦は言われると、びっしりと棚に収められたなかから、迷うことなくお目当てのカルテを一発で引き抜いた。美人なだけでなく仕事面でも優秀らしい。


 一度、マッシモさんが確認してから、カルテを見るよう勧められる。


 ここでも開発した紙がつかわれていた。どういった理屈か知らないが、X線撮影のように黒と白で骨格が描かれている。


 AIにスキャンさせたのだろう。しかし、どうやって印刷したんだ?


「ふふふ、良い仕上がりでしょう。再現するのに苦労しましたよ」


「染料は何を?」


「魔道具製作につかわれるインクです。それを紙に付着させたのです」


「へー、そういう使い方があるんだ。ちなみに特許は?」


「すでに取っています。特許収入は医薬品の購入にあてています」


 儲けをすべて医療に注ぎ込むとは……つくづくブレない医師である。


 あらためて印刷された紙を見る。

 骨格――腰椎に異常は見られない。等間隔に並んでいて、神経を圧迫しているようには見えない。治療してかなり時間が経っている。神経が繋がっているのになぜ?


 俺の心配に気づいたのか、マッシモさんが補足説明を入れる。

「長らく動かしていなかったせいで、つかっていない筋肉が弱くなって上手く動かせないのもありますが、おそらくは脳からの伝達がまだ不十分なのでしょう。そのうち問題なく動かせるようになりますよ。いましばらくのリハビリが必要ですがね」


「どういったリハビリですか?」


「膝をあげることを意識した……そう運動ですな」


「わかりました」

 答えたところで、エルメンガルドの存在を思い出す。

「あっ、俺のことじゃありませんでしたね。出しゃばった真似をしてすみません」

 恥ずかしくなり頭を掻く。


「そのようなことはりません。閣下の気遣いありがたく思います」


 本人にフォローしてもらったところで、本題だ。今日、施療院を尋ねた最優先事項を口にする。

「ところで例の物は完成しましたか?」


「〝さるふぁ〟……でしたか。血液凝固と殺菌作用のある薬品でしたな」


「ええ、それです。あと〝モルヒネ〟」


 サルファ剤とモルヒネ、どちらも古代宇宙史に出てくる軍の医療品だ。宇宙軍支給の医療品を製造できるほどの技術は、まだこの惑星に根付いていない。だから、この惑星でも製造可能な物として開発を依頼していた。


「両方とも完成しています。後ほどレシピを届けさせましょう」


「ありがとうございます」


「ところで、それらが必要になるということは……」


「あくまでも可能性です。主な利用は魔物退治です。魔物は人里離れた場所に住んでいますから、退治の際に傷を負うとどうしても重傷に繋がってしまうので……」


「わかっていますよ。ですがあれらは戦争でつかう代物です。できることならば平和的に利用されたいものですな」


「同感です」


 それからエルメンガルドの精密検査をして、診察室を出ていこうとしたらマッシモさんに呼びとめられた。


「なんですか?」


「実は折り入ってお願いが」


「俺で良ければいいですよ」


 マッシモさんのお願いは、施療院で働く職員の減刑。なんでも血を見る仕事なので、そういった荒事に慣れた人でないと勤まらないのだとか。


「わかりました。国王陛下にお願いしてみます」


「その、厚かましいようで心苦しいのですが……確実にお願いしたいのです」

 温和だったマッシモさんの表情が険しくなる。気のせいか隣りに立つ看護婦からピリピリした気配がした。

 人に言えない事情がありそうだ。安請け合いは危ないな。しっかり確認しておこう。


「人間性は保証できるのでしょうか? 例えば、とか」


「問題ありません。今後のことに関しては刑に服すことを保証します」


「だったら過去の件については、俺が保証しましょう。罪の帳消しです。最悪の場合はこちらでなんとかします」


「大尉に相談してよかった」


 マッシモさんが柔和な笑みを浮かべて握手を求めてきた。その手を握り返す。予想以上の力だった。

 宇宙軍に在籍してたんだ。それにナノマシンも移植されているし、これくらいは当然だろう。


「では今後もエルメンガルドの治療をお願いします」


「よろこんで」


 久々に軍の仲間とも会えて、ほっとした。この惑星でうまくやっているようで何よりだ。


 それからエルメンガルドを屋敷へ送り、午後の仕事は終わった。


 なぜか、送り届けた屋敷の先で、今後はエルメと呼ぶように頼まれた。

 長い名前だし、気をつかってくれているのだろう。


 部下との親睦も深まって、上司として成長した感がある。

 部下との関係で思い出したけど、ガナルさんだっけ、院長のそばにいるってことは相当に優秀なんだろうな。マッシモさん、どうやってあんな美人看護婦をスカウトしたんだろう? 


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