第309話 職場①
王都に移り住んでからというもの、完全に自由が無くなった。
朝は政務、昼は政務とイチャイチャ、夜は〝にゃんにゃん〟と休む時間がない。
おかげで体重は減り、ベルトに新しい穴が二つも増えた。
そんな折り、王城でセモベンテと出会う。
「どうしたんだラスティ! やつれてるじゃないか」
セモベンテもそこそこ痩せたが、それの比ではないらしい。
「実は、王都に来てからというもの……」
苦手だった同僚に告白する。
「その気持ちわかるぞ! しかしさすがに王女相手では言いにくいだろう。どうだ、一度陛下に相談しては?」
その手があったか!
「ありがとうセモベンテ!」
「なぁに、同じ複数の妻を養う身。悩みは一緒だ」
かつての敵と固い握手を交わす。
あのセモベンテと、これほどまでに信頼しあえる仲になるとは……。
それから互いに近況を報告し合い、名案のお礼に不足している物資を送ることを約束した。
「いいのか?」
「全然、それよりも俺のほうが助かった」
「そうか、それは何よりだ。なんせ……」
「「妻には頭が上がらないからな」」
友情を確かめ合ってから別れる。
行き先を変更して、陛下を訪ねる。
執務室で政務をしているので、ドアをノックしてから入る。
アデルとエレナ事務官が夫婦仲良く政務に励んでいた。
「なんだ義兄上か、どうしたのだ?」
「実は折り入って頼み事が……妻のことなんですが」
「長くなりそうね。ちょうど一段落したところだから、話を聞くくらいならいいけど」
とエレナ事務官はアデルへ目配せする。
「余もかまわんぞ」
許しを得たところで本題に入る。
正妻戦争について話をしたら、
「それは問題ね。でも自分で撒いた種なんだから、自分でどうにかしないさい」
「エレナよ。それはちと酷ではないか?」
アデルの言葉に、エレナ事務官は考え込んだ。
「政務に支障を出されるのもなんだし、仲間のよしみで最悪の事態にならないよう手を打ってあげるわ」
おい、さっきと全然対応がちがうぞッ! あの帝室令嬢を手懐けるとは……義弟の底知れぬ
「余も姉上たちに強くは言えん。しかし、義兄上からの頼みだ。声がけくらいはしよう」
「ありがとう、アデル、エレナ事務官!」
「その事務官だけど、そろそろやめにしない。私たち義理の兄妹になるんだから」
「そうしたいけど立場ははっきりさせとかないと、あまり馴れ馴れしく呼ぶとアデルが勘違いするでしょう。俺だったらそういうの嫌だなぁ」
「余も嫌だ」
「…………」
何かと小狡い帝室令嬢だが、二対一の結果にしぶしぶ従った。
それから妻たちへは過激な行動を起こさないよう注意だけすると約束してもらう。
肩の荷が多少降りたので、気持ちよく俺の執務室へ行く。
「スレイド侯、今日は遅いお出でですね」
亡き軍務卿の娘――つり目の強面女子メルフィナに小言を言われた。
「すまない。ちょっと話があって」
「事情はわかりますが、服装が乱れています」
メイドがするように、着衣の乱れを正してもらった。
なぜかその間、ほかの令嬢が微妙な目を向けてくる。
「俺に何か?」
「「「いえ別に」」」
態度がよそよそしい。
隠し事でもしているのだろうか?
考えていると、財務卿の姪――エルメンガルドが空咳をした。それを合図に令嬢たちが空咳を連発する。
イチャイチャを
今日の政務も終わっていないし、多分そっちだな。
部下の思い通りに動くのも問題だ。あえて無視して仕事にかかる。
俺が担当しているのは王都周辺の維持管理。
今後は人口増加を見越して、王都の外に田畑を広げていく予定だ。あと木材確保のために植樹、林業の着手。食糧生産と平行して
十年単位の大事業だと部下たちは口を揃えて言うが、そんなに時間をかけてられない。
ガンガンやっていく予定だ。
とはいえ先立つ物は必要。それなりに金策が必要だ。
紙の情報媒体が金になれば楽なのだが……。開発したばかりだ、いきなりの利益は見込めないだろう。
王家から援助を受け、また俺の領地・特許収入から資金を捻出している。だから懐が寒い。それも凍えそうなほど……。
ちなみに開墾・灌漑作業にはエレナ事務官の兵士をあてている。トベラ・マルローだ。若い女性伯爵は農耕経験が豊富で、よく人をつかう。
土木建築分野は俺の直属部隊だ。城や砦を造った経験もあり、兵士としても土木作業員としても頼りになる部下たちだ。
別途、専門技術が必要な施設はスレイド工房で賄う。分業体制として一応の
俺がするのは、進捗具合を見て人の割り振りを変えるくらいだ。それでも書類は山ほどあるので、仕事は尽きないのだが……。
効率化に着手したい。だけど時間が無い。そんなジレンマに陥りながら、午前で政務はつづける。
ちょっとばかり昼食の時間に食い込んだが、午後は書類仕事をする気になれないのでやり通した。
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