第308話 308チェリー弾
ブリジットにアドバイスをした甲斐あってか、リュールと二人仲良く歩いているのをちょくちょく見かける。
恋人繋ぎはしていないけど、そのうち見れるだろう。
うん、俺、いいことをした。
ときおり、貴族令嬢が口にしていたリュールという単語も消えつつある。
ブリジットの完全勝利のようだ。これでもう心配はないだろう。
執務室に戻り、仕事を再開する。
努力の甲斐あって、北と東のスレイド領の赤字問題は解消しつつある。領地運営は順調、次は部隊運営だ。
元帥という地位は返上したが、王族として軍務を継続している。
部隊運営は問題ないが、隊長クラス――宇宙軍でいうところの尉官・下士官が不足している。
経験者である軍務卿の令息令嬢も問題点としてあげているので、人材募集をかけている。
応募者は多いが、命を預ける部下だ。厳密な審査を設けて慎重に選んでいる。
来月辺りに実技試験を受けてもらってから、最終面接を考えている。なので採用はまだ先だ。
焦ってもいいことはない。じっくり時間をかけて吟味していこう。
粗方の仕事が片付いたので、まだ足を運んでいない
あそこは元々狩り場や花園として利用されていたらしい。マキナの侵攻や裏切り者の叛乱で王族が減ったので、その一部を農地に転用している。遊ばせておくのも勿体ないので農業をしているわけだ。おかげで王都の食糧自給率底上げに一役買っている。比較的収穫のはやい野菜などはすでに市場に並んでいる。穀物が並ぶのはもうすこし先だ。
王族の庭にある森へ向かう。
そこは王族だけの特別な場所で、例外として宰相や四卿クラスの重鎮、それに選ばれた騎士しか入れない。許可無く入れるのは王家に仕える密偵一族スレイド家くらいだろう。ロビンやジャックがそれに当たる。
森のなかに入ってしばらく歩くと、ロビンと出くわした。
「これはスレイド閣下、お久しぶりです」
「久しぶりだなロビン。エレナ事務官はまだ忙しいのか?」
「最近は余裕が出てきました。それもこれも閣下がお救いした内務卿と財務卿の働きがあってこそ。エレナ様も感謝していました」
あの不遜な帝室令嬢が……そういう女性には見えないけどな。でもちゃんとご褒美は出してくれるし、ロビンが言うのならそうなのだろう。
「離れには誰かいるか?」
「警備の者が数十名ほど、それと王女殿下とリブラスルス様がおられます」
「ルセリアか?」
「はい、それとカリンドゥラ殿下とティレシミール殿下もご一緒です」
姉妹水入らずか……三人が揃ってるのは珍しいな。
「そうか、ありがとう」
「いえ」
気になることがあったので尋ねる。
「ところで、ロビンは男なのか?」
「何を言い出すとかと思えば……当然男ですよ」
「すまない。カナベル元帥のことがあったんで、つい」
「ああ、彼女は仕方ありませんね。私どももまんまと騙されましたから。それにしても上手く隠しましたね。〝常時戦場〟たしかにカナベル家の家訓ですが、それを隠れ蓑にして胸甲で女性の部分を隠すとは。さすがは用兵を売りにする一族です」
「そうだな」
長話に付き合わせるのもなんなので、会話を切り上げる。
「私はこれで」
「ロビンもあまり無理はするなよ。人に替えはないんだからな」
「ありがたいお言葉。では失礼します」
ロビンと別れ、森を進む。
しばらくして王族専用の保養地に着いた。
かなり立派な屋敷がお目見えする。離れなのに、ロイさんところの屋敷以上だ。
そんな屋敷を囲う森をさりげなく置くことのできる王族の庭……連邦の国家元首でもこれほど広大な敷地は持っていないだろう。それを考えると、この惑星の王族が持つ富と権力がいかに凄まじいかわかる。
ここに来るのは初めてだ。ついでに屋敷の周りを見てまわろう。
ぐるり一周する。
木々に囲まれた静かな環境だ。湖もあり、真ん中にはちいさな島もある。湖の脇には
終わりのほうで、木に繋がれたハンモックが揺れているのが見えた。
近づいて覗いてみると、リブとルセリアが仲良く眠っていた。
夫婦というよりは仲の良い兄妹みたいだ。
幸せそうな寝顔でお腹がいっぱいになる。
昼寝の邪魔しちゃ悪いな。
足音を立てぬよう、こっそり立ち去る。
屋敷のなかへ。
床板を軋ませたつもりはないが、屋敷に入るなり、騎士が駆けつけてきた。
「スレイド侯でしたか」
言葉の意味合いからして、侵入者を検知する仕掛けがあるらしい。
「急な来訪ですまない。一度足を運んでおこうと思ってね」
「はっ、この離れの警備は厳重です。どうぞご安心しておくつろぎください」
「ありがとう」
手土産を渡す。
「これは?」
「君らは、ここの専属で滅多に外に出ないと聞いている。だから差し入れを持ってきた、スイーツだ。あとでみんなと分けてくれ」
「ありがとうございます」
部下の労いは大事。これ、できる上司の常識。
騎士の案内でティーレたちのいる部屋に入る。
「スレイド侯が来られたのでお通ししました」
「ご苦労」
カーラが言うと、騎士は頭を下げてから退出した。
丸いテーブルが鎮座する部屋にはティーレはもとより、マリンとホエルン、カナベル元帥がいた。
妻勢揃いである。嫌な予感しかしない。
まるでマフィアが密談しているかのように、妻たちは皿に盛られたフルーツを食べながら、
「おまえ様よ、オレの隣りが空いているぞ」
「あなた様、ささ、どうぞこちらへ」
「パパ、こっちが空いてるわよ」
「ラスティ様、こちらへ」
「スレイド侯、私の膝の上などいかがでしょうか?」
妻たちの勧誘がやまない。
はやくも正妻戦争勃発寸前だ。
「ははっ……」
苦笑いで、近くにあった椅子をたぐり寄せ、テーブルから離れた場所に陣取る。
するとみな一様に怪訝な表情で、
「おまえ様よ。何か隠し事でもあるのか?」
カーラが眼鏡を外す。
ヤバイ心を読まれる!
とっさにちがうことを考えた。
「いや、別に、これといって……そうだ。位置決めをしよう。クジを引いてアタリがでたらその横に……」
「では、あなた様の左側が一等、右側が二等ですね!」
ティーレが無駄に行動力を発揮し、すぐさまクジが用意された。
見事アタリを引いたのはティーレだ。二等がカナベル元帥。
公平を期した位置決めにカーラたちは何も言えない。
これはつかえる! 今度から揉め事があったらクジ引きで解決しよう!
椅子に腰かけるなり、ティーレが左腕に、カナベル元帥が身体に抱きついてきた。
「アルシエラッ! 狡いですッ!」
「それを言うなら殿下こそ。こちらからでは腕に抱きつけません。利き腕を封じることのなるので」
「何を言うのですかッ! 一等は私なのですよッ!」
「二等にも権利はあります」
妻バトルが再燃しかける。
さすがにこれはヤバいと思い、強引に話を変えようとするも、こういうときに限って名案が浮かばない。
たまたま目についたテーブルのフルーツ皿からチェリーを取る。
「これ、好きなんだ。フルーツのなかで一番好きかも」
出任せで好物だと嘘をつき、口に放り込む。
ティーレとアルシエラの気を引こうとするも、二人は睨みあったまま。
このままでは、最悪の事態に突入してしまう。
どうにかせねばと考えて、閃いたのは父の癖。父はチェリーが大好物で、食べた後よくヘタを結んで遊んでいた。母曰く、ヘタで結び目をつくれる人はキスが上手いらしい。
父は器用で、一本のヘタから結び目を三つもつくっていた。あと食べたあとの種をコンクリートにめり込ませたりもしたっけ。
懐かしい思い出を頼りに、口にヘタを放り込みモゴモゴする。
「あなた様、何をしているのですか? そこは食べるところではありませんよ」
「旦那様、それほどチェリーがお好きなのであれば、私のチェ……」
アルシエラの意味深な言葉を遮り、ティレーが言う。
「私のほうが良いチェリーです!」
この惑星特有の言い回しだろうか、二人の言うチェリーが何を指しているのかわからない。
でもまあ、流れは変わったようだ。このままつづけよう。
モゴモゴと、口内でヘタを結ぶ。
あまり長々とやっていたら妻バトルが再燃しそうなので、適当なところで切り上げる。
手のひらにヘタを出す。
父越えを狙ったが、できた結び目は二つ。
子供の頃は一つ結べるかどうかだったので、それを考えると、上出来だ。
ドヤ顔で、結び目のできたヘタを見せるも、この惑星の住人には伝わらなかった。どうやら宇宙だけの遊びらしい。
なぜかホエルンが食い入るような瞳で、ヘタを見つめていた。
もしかして知らないとか?
「えーっと、チェリーのヘタを結べる人ってのはね。舌が器用なんだ」
「ちがうでしょ、パパ。ヘタを結ぶのが上手な人はね、キスも上手なの」
妻たちがざわめく。
嫌な予感がしたので先手を打った。
「そうなんだ。ホエルンの言う通り、ヘタを結べる人はキスが上手いんだ。キスが上手い女性はモテるっていうからね。俺も、そういう人が好きかな」
次の瞬間、チェリーを奪い合う醜い戦いが始まった。
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