第306話 subroutine ブリジット_軍人娘的恋愛思考①
◇◇◇ ブリジット視点 ◇◇◇
包み隠さず本当のことを打ち明けよう。
ウチは最初リュールのことをまったく微塵も、これっぽっちも意識してなかった。
彼に興味を抱いたのは、王都の公園で見かけたときや。
いつものようにベンチに座っていた彼は、バインダーを手に執筆していた。プロット、ちゅうやつや。
アイディアを捻り出すためとか言って、リュールはどこへ行くにもメモを持っている。いわゆる物書き廃人。
ペンを走らせるので夢中になっている無防備な背中にそっと近づく。
集中していてウチが近づいても気づかへん。不用心やと思いながら背後にまわった。
彼の手元を覗く。
流麗な文字が見えた。
執筆中の文字は雑やけど、プロットだけは綺麗に書くらしい。なんでも頻繁に読み返すから汚いと駄目なのだという。
本当に流れるような筆跡で、バランスも絶妙。さすがは貴族様や、字の汚い平民のウチとは比べものにならへん。身分の差を感じさせられる。
文字を生み出す手を見つめる。綺麗な指をしていた。家事でガサガサのウチの指と全然ちがう。ちょっとだけ劣等感が生まれた。
仕返しやないけど、書いている内容を盗み見る。
内容はこうだ。
麗しの乙女は、ハチミツ色の髪を掻き上げて………………はにかむ笑顔がこの上なく愛おしく思えた。
ハチミツ色の髪って! これウチのことやん!
自分の顔が熱くなるのを知覚する。思わず頬に手をあてがった。
ラブレターにしては文章がおかしいんやけど……などと思っていたら、
「なんかちがうな。こう胸に響かない。ありきたりの文章だ。もっと胸にぐっとくるような……」
ん? ウチの勘違いなんか? ラブレターっぽいな。っていうか、胸にくるようなって思いっきりラブレターやん!
リュールはバインダーから紙を抜き取り、ガサガサと丸めた。そのまま投げ捨てる。
そろそろ隠密行動をやめよう。
一歩、後ろへさがって、わざとらしく足音を立てる。
そうやって、いま来た風を装って、
「あっ、リュールやん! こんなところで何やってるん」
「ああ、うん、いや……ちょっといつもの」
そう言いながら、彼は投げ捨てた紙を拾った。
ほほ~ん、見られたくないんや。ちうことはウチに気があると…………。
そんな感じに、彼のことを意識し始めたんやけど。
なんていうか現実は厳しかった。
そもそもの話、リュールはそこそこ美形で帝国の貴族様。立ち居振る舞いも上品で、弁舌爽やか。いつもキリッとした表情で男らしい。紛うことなき上位に食い込むモテる男や。
対してウチは…………。
ホロ映像で自分の姿を確認する。
顔――普通。唇からのぞく八重歯がエレガントじゃない。
色素――ありふれたハチミツ色の髪と青い瞳とこれまた普通。肌は……まあまあ白いけど、王女様たちと比べたら……。
身体――こっちはそれなりに自信はある。軍人やから腰回りはモデル並! あとお尻とお胸!
自信があるのは身体だけって……これ娼婦やん。
アバタやったら化粧で隠せるけど、八重歯はなぁ。ひっこ抜いてもエエけど、抜いたら抜いたで、そこだけスッカスカになるし。いっそのことレーザーで切るか! いやいや、間違って顔灼いたら、えらいことなる!
あとお尻もちょっと大きすぎるねんな。せやからス脚が綺麗に見えるパンツスーツとか合わへんねん。
ん~、冷静になって自分を見る。ウチって思いっきり田舎娘やん。
あとな、宇宙のトリートメントつかってないから、髪がピンピン跳ねてるねん。せやから映えるサラサラヘアーや無いんよ。
こんなんでリュールと釣り合うんかなぁ。
ま、悩んでいても美人になるわけでもないし。
プチ整形しようかと、マッシモのおっちゃんに相談したんやけど、
「美容整形は医療じゃない」
と静かに怒られた。
そんなわけでウチは自前の武器で戦うことになった。
ライバルは多い。
エレナさまの部下――とりわけ帝国貴族とあって、リュールの人気は高い。
ちょくちょく貴族のご令嬢が粉をかけてくる。どこからともなく湧いてくる泥棒猫の多いこと多いこと……。まったく油断も隙もない。
こっちは告白する勇気を出すのに必死やのに、泥棒猫たちときたら……。
「これはリュール様、ご機嫌麗しゅう」
「お暇があるようでしたら、お茶でもいかがでしょうか?」
「よろしければ、近々おこなわれる夜会に一緒に参りませんか?」
物陰からこっそりと、接触式の電磁スキャンではなく、暴動鎮圧用の高圧ショックで猫たちを追い払う日々がつづく。
もどかしい。
同じ屋根の下で寝起きしている間柄やけど、告白するチャンスは皆無!
王城のバルで働くようになってからは、シフトの関係ですれ違いが増えた。それにリュールは作家志望、時間があったら執筆で部屋に籠もりっぱなしや。おまけに部屋で食事をとるタイプで、同居人との団らんというか、お付き合いというか、そういったコミュニケーションが無い。
まったくもって告白する隙がない。
引きこもり。ある意味、鉄壁や! 守りが堅い、堅すぎッ!
ウチかて指を咥えていた訳や無い。果敢に攻めた。
店員にドン引きされるようなスッケスケのネグリジェを特注したり、隠しているのか晒しているのかわからない下着を購入したり、ありとあらゆる手段を試した。
せやけど、籠城する彼には届かない。
そもそも壁を越えられない。
「や、夜食持ってきたんやけどぉ」「そこに置いておいてくれ」
「今日はエエ天気やから一緒に散歩行かへん?」「俺はいい」
「重たい荷物あるんやけど、部屋まで運ぶの手伝ってくれへん?」「隣りの●●さんに頼むといい」
こんな具合に、ベルーガの王都城壁よりも硬い。
攻略の糸口が見えへん……。
◇◇◇
悩んでいたある日のこと、城下町でリュールを見かけた。
滅多に外出しない男である。どういった理由で外に出たのか、真相を突きとめるべく尾行した。
こう見えて、ウチ狙撃兵としても活躍してたから斥候、隠密には自信がある。それに相手は戦闘に疎い諜報畑、発見されることは無いはずや!
尾行すること三十分。ある建物にたどり着いた。
看板を見て発狂しそうになる。
娼館やんッ!
きっと娼館の近くにある文具店か何かに用事があると思っていたけど、ケバい商売女に迎えられて、娼館に入っていくのが見えた。
ショックが大きすぎて、下唇を噛み切ったのに気づかなかった。
ヘモグロビンの錆びた味。敗北の味や。
負けるにしても、大貴族のご令嬢とか、王族とかにしてほしかった。っていうか、商売女って何! ウチ、アレ以下なんかッ!
なんとなく〝NTR〟というジャンルのアダルトな展開が脳裏に浮かんだ。
いっそのこと高出力グレネードで娼館ごと木っ端微塵に吹き飛ばそうかと思ったけど、ウチはテロリストや無い。
せやから、奪い返すことにした。
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