第305話 コナモン



 比較的王城に近い、大通りにある飲食店にやってきた。


 看板が気に入らなかったのか、一度黒ペンキで消してある。手書き感満載の『鉄板焼き ブリちゃん』という味のある店構えだ。


 惑星地球を模した〝のれん〟を潜ってなかに入る。


「らっしゃい……って大尉さんやん!」


 ブリジットのやっている食堂だ。なんでも地球の〝コナモノ〟に特化した料理をあつかっているらしい。


 髪や眼の色から、地球のステイツ出身かと思っていたのだが、彼女は大阪民国で生まれ育ったらしい。詳しい事情はわからないが、地球から辺境惑星に移住したのだとか。なんでも住む家が狭いとかなんとか……。


 そんなわけで、大阪民国の代表料理といわれる〝コナモノ〟がつくれる。

 隣国が日本なので、ジロウの再現に一役買ってくれるだろう。


「近くまで来たから食べに寄ったんだ」


「それはかまへんけど、ウチの店は庶民向けやで」


「でも地球料理だろう? 自慢の料理があったらそれを出してくれ」


「はいなッ」


 庶民向けの店の割りには、店内すべての席に鉄板が設置されている。まれに油の入った金属の箱まで設置されているのだから、どうやってつかうのか気になって仕方ない。一体どんな料理を出しているんだろう。


 とりえずメニューを見る。

 お好み焼き、タコ焼き、鉄板焼き、串カツ、ヤキトリ、ホルモン、スシなど食べたことのないメニューばかりだ。


 ん? スシ?! スシは高級料理だろう!


「ブリジット、スシは食べられるか?」


「あー、それな。ネタが切れてるねん。人気商品やから限定」


「…………」


「お勧めはお好み焼きや! 串カツもいけるでッ!」


 本当はスシが食べたかったのに……無いのか。

 あれこれ勧めてくれているが、がっかり感が強すぎて耳に入らない。


 何も注文しないのも考え物なので、適当に頼むことにした。


「じゃあそのお勧めで」


「お好み焼きやな、わかった。一番エエとこ持ってきたるわッ!」


 まずは氷水の入ったグラスとおしぼりが出された。地球で有名な〝オ・モ・テ・ナ・シ〟だ。庶民の店のわりにサービスのクオリティは高い。採算とれるのか?

 他人事ながらに赤字にならないか不安になった。


 注文した料理が出てくるまで店内を観察する。

 どの席も埋まっていて盛況だ。

 それに、ソースの焦げるいい匂いがする。脳に訴えかけてくる食欲をそそる匂いだ。


 唾が湧いてきた。


 そういえば、ソースの開発はまだだったな。ブリジットに先を越されてしまった。せっかく店に来たんだ、特許のことも教えてやろう。


 料理が出される際に、手短に特許のことを教える。

「ほーん、そんな美味しいシノギがあったんか。ウチも特許取ろう」


「特許は手放さず持っておいたほうがいい。ソースは売れるからな」


「でも、個人での特許申請やと結構な金額いるんやろう?」


「それくらいは仲間のよしみで出すよ。せっかく生き残ったんだ、幸せにならなきゃ」


「……大尉さん」


「なんだ?」


「むっちゃエエ人やな」


「ま、まあな。出世したからそれくらいの余裕はあるし、同じ宇宙軍の仲間なんだ、助け合っていこう」


「よっしゃ、今日のウチのおごりや、なんでも好きなの食べていって」


 ホント、この娘大丈夫なのか? 経営者って自覚あるのか?

 脳裏に、工房を畳んだピンク髪のインチキ眼鏡の姿が浮かんだ。

 いや、さすがにそれはないだろう……ローランとブリジットじゃあ、受けてきた教育のレベルがちがうし……でも、もしかしたら…………。


 不安を追い払うように、食事に集中する。


 お好み焼きだ。


 円盤状に焼き固めたコナモノ。

 上にかかった真っ黒なソース、それにゆらゆらと踊るカンナクズ。


 カンナクズッ! これ食えるのか!


 店内のを見渡す。お好み焼きを食べている客が何人かいた。彼らは躊躇うことなく、踊っているカンナクズを口に運んでいる。


 マジかッ!


「木屑って食えるんだ……」


 金属製の珍妙なカトラリーを手にとり、お好み焼きを食す。

 熱々のそれはソースとマヨネーズが絡み、この上ない美味を俺に教えてくれた。


「ハフッ、ハフッ…………美味い! 野菜を混ぜた小麦粉焼きがこんなに美味いなんて、反則だ!」


 カリカリに焼かれた豚肉と、食べごたえのある小麦粉、それに甘みのある野菜。考え尽くされた比率で、争うことなく調和している。

 そして、それらの仲介役となっているソースとマヨ。これがまたいい仕事をしている。

 ほどよい酸味と甘みの効いたソース、それに玉子のうま味を最大限に引き出されたねっとり濃厚なマヨ。まさに黄金タッグ! 不味いわけがないッ!


 気がつくと、顔よりも大きなお好み焼きを平らげていた。


 汗だくになっていることに気づき、氷水を飲む。

 これがまた美味い!

 熱々の料理に、キンキンに冷えた水。いいねッ!


「俺は料理というものを侮っていたッ!」


 素材の持つポテンシャルを最大限に引き出した料理。それがお好み焼きだ。

 自分の至らなさを気づかされ、より一層料理道に励むことを心に誓った。


「おー、完食か。大尉さんは味にうるさいって聞いてたから、正直不安やったけど。完食は嬉しいなぁ」


「美味かった。また寄せてもらうよ」


「王城のバルで働いてない日は店やってるから、気兼ねなく食べに来て。待ってるわ」


 満面の笑みを浮かべるブリジット、覗く八重歯が愛らしい。なるほど、この盛況ぶりは味だけでなく彼女の笑顔もあるのか……。

 なかなかに考えさせられる外食だった。


 勉強になったので大銀貨を一枚。


「えっ、こんなにもらわれへんって」


「美味しかったよ、勉強になった。リュールが羨ましいな。こんな料理の上手な奥さんがいるなんて」


「…………」


 普通に言ったつもりだが、なぜかブリジットは複雑な表情をした。どうしたんだ?


「俺、変なこと言ったか?」


「実は…………」


 ブリジットの口から出てきたのは衝撃の事実だった。

 なんと同じ屋根の下で寝起きしているにもかかわらず、二人の関係は進展していないとのこと。

 これは一大事だッ! 上官として、結婚のプロとしてアドバイスしてやらねばッ!


「俺でよければ相談に乗るぞ」


「……べ、別に相談とか……そこまで必要ないけどぉ」


 躊躇っているようだが、俺にはわかる! ブリジットはリュールに気がある。微かに滲んだ惚気ボイスがその証拠だッ!


 それからいろいろアドバイスして、俺は王城に帰った。


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