第304話 便利な言葉『一任』



 さて、輪転機も開発したことだし、これからは忙しくなるぞ!


 輪転機の登場で、ベルーガはガラリと変わるだろう。

 なんせ、低コストでスピーディー、かつ大量に印刷可能になったのだから。

 学術的な書籍の量産による教育水準の上昇。娯楽の普及、情報や知識の共有、芸術の発展、それに仕事の効率化。


 紙による恩恵は計り知れない。問題は印刷する内容だ。

 あいにくと俺に文才はない。なので、ある人物を起用した。

 退官したリュール少尉だ。作家志望で蘊蓄うんちくのある若者。知識だけに偏らず実体験も大切にするタイプで、軍以外でもいろいろと経験を積んできたらしい。これ以上の適任者はいないだろう。自作の小説出版をちらつかせて仲間に引き込んだ。


「本当に、俺なんかでいいんですか? 作家志望ですが、作家ではありませんよ」


「でも文才はあるんだろう?」


「まあ、作家を目指すくらいですから、それなりには……」


「だったら問題ない。今日から君は出版社のライター兼編集長だ」


「あのう、下世話な話になりますけど給金のほうは?」


「それも含めて任せる。好きな人材を雇って、好きに出版物をつくってくれ」


「それって経営者じゃないですか!」


「そうとも言う」

 大金貨が一〇〇枚入った箱を押しつける。出版社の経営も含めての丸投げだ。


「じゃあ、任せたぞ」

 よし、俺の仕事終了。


「ちょっと、スレイド大尉! せめて出版物の方向性だけでも決めてください。雑誌とか書籍とかポスターとか、あと娯楽か学術用なのかも」


「俺のことは気にしないで好きにやってくれ。方向性とか、細かいことは専門家に任せるよ。そのほうがいい。この出版社に関しては君に!」


「待ってくださいよ。俺、専門家じゃないし」


「でも軍に入る前は出版関係の仕事もしてきたんだろう」


「バイトですよ、バイト。文章の入力と見直し程度です」


「ライター業務と校正ってやつだろう。凄いじゃないか。まったくの初心者じゃないんだから、安心して任せられるな。頑張ってくれ! 君ならできる」


「……趣味に走って赤字になっても知りませんよ」


「そうならないための君だ」


「ちなみに黒字だったらボーナス出るんですか?」


「そうだな。赤字は俺が補填する。利益が出たら経費諸々をさっ引いて、利益の七割がボーナスだ」


「七割かぁ。一山当てりゃあ大きいですね」


「だろう。これも苦楽をともにしてきた仲間のためだと思ってさ、一番美味しい話を持ってきてやったんだ」


 渋っていたリュールだが、儲けの七割と聞いて顔色を変えた。この男もチョロい。二十歳そこそこの若者を騙すようで悪いが、俺は出資しただけで利益の三割がもらえる。彼には悪いが、金の卵を産む鶏になってもらおう。その代わりと言っちゃあなんだけど、いろいろと優遇してやるつもりだ。いろいろとね……。

 話もまとまったので、工房横の印刷所へ案内する。


 問題が一つ片付いた。あこがれの『一任』もやったし、身体が軽い。

 この調子でどんどん行こう!


 ちょうど良いタイミングやってきたフェルールに案内を任せて、俺はある店へ向かった。


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