第303話 特許プレゼン②
歩いてギルドへ向かう。
王都は広いので、ギルドに行くにもかなりの時間を要した。
とりあえず工業ギルドに到着。
長々と歩いてきたが、ここからは楽だ。
工業ギルドと商業ギルドは併設されているので、往き来するのに歩いて一分もかからない。
二つのギルドを見くらべる。王都だけあってどちらも立派だ。
工業ギルドの建物は二階建て。工業技術を宣伝するためか、ところどころ石膏像が外壁の飾りつかわれている。書物に出てくる龍やグリフォンといった、いまにも動きだしそうな立派だ像だ。
対して商業ギルドは通貨と帳簿、ペンの旗をはためかせている。むろん、こちらも金がかかっている。赤い布に金糸の旗は遠目でも目立つ。入り口の段差から赤絨毯とバブリーな仕様。
さすがは王都支部、金のかけ方がちがう。
まずは輪転機の特許から、工業ギルドの建物に入る。用件を伝えると、受付嬢の案内で応接室へ通された。
待つこと三分、やってきたのは工業ギルドのお偉いさんとおぼしき二人組。そのうちの一人に見覚えがある。
「ヒューゴさん! なぜここに? ガンダラクシャの商業ギルドにいるはずじゃあ」
「ギルドから要請があってな、しばらくの間、こっちの手伝いだ。用があって工業ギルドに来ていたところだ。にしてもラスティ、やりやがったな。噂にゃ聞いていたが、本当に王族なっちまうなんて。俺の目に狂いはなかった。なぁ、ミカエル」
そう言って、ヒューゴは並び立つ王都のギルドマスターに手の平をさしだす。
眼鏡をかけた初老のギルドマスターは、突きつけられた手の平に大銀貨を置いた。どうやら俺で賭けをしていたらしい。
「今回はたまたまだ。たまたま……ところで、スレイド侯。今日はどういった用向きで?」
「実は特許申請に伺いまして」
試し擦りの印刷物を披露する。
「綺麗な仕上がりですな。細かい意匠もよく刷れている」
「出来映えはいいな。最新のインクを載せるやつだろう。仕上がりはいいが、一日に刷れる量は知れてるぜ」
どうやら、俺の開発した紙で一山当てようとしている奴がいるらしい。まさかこんなにもはやく印刷に気づくなんて……この惑星の住人もあながち馬鹿にできないな。
ま、俺のほうが一枚上手だけどね。
「出来映えは認める。問題は利益が出るかどうかだ。ここからは商売の話をしよう。人件費を含めたコストと一日の生産量は? ここまで細かい代物だ。手間も金もかかるだろう。一体いくらまで抑えられた?」
大雑把なイメージのあるヒューゴだが、辛辣な質問を投げかけてきた。
「おっとラスティ、悪く受け取らないでくれ。俺はイチャモンをつけたいわけじゃねぇ。王都復旧にいろいろ金を出しているんだろう。たぶん金策も兼ねてウチに来たんだと思う。特許を取っても売れなきゃ意味がないからな。それに宣伝もタダじゃねぇ。ギルドで取り扱うにしても、コイツに有用性を伝えなきゃならねぇからな」
隣りにいるミカエルを親指で指し示す。
そういうことか……。
ヒューゴは、モノがよければギルドでも取り扱うと、暗に提案しているのだ。宣伝のことなんて考えていなかったので、この提案は助かる。
「では、まずコストから……」
即興のプレゼンだったが、ヒューゴからの質問もあって、思っていた以上に商品の説明ができた。
「一分間で一〇〇枚! その一枚を裁断すると、手の平サイズの印刷物が一六枚も! 持参された見本だと一分間で一六〇〇枚になりますな。これは驚異的な量ですぞ!」
無事話はまとまり、特許を取得できた。そのうえギルドから広報に関する印刷業務を受注した。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。おかげでかなりの費用削減になりました。おまけに仕上がりもいい。この商品はギルドの顔になりますよ」
ミカエルと握手を交わして、ヒューゴにお礼を言う。
「ヒューゴさんも、ありがとうございます」
「なぁに、いいってことよ」
感謝の気持ちをあらわすのは大事。
久しぶりの再会なので、いろいろと話し込む。
なんでもヒューゴは王都のギルドの手伝いをしてから、第二王都へ赴任するのだとか。ちなみにガンダラクシャの商業ギルドは俺の領地にある支店と統合されて、そちらはアマンドが引き継いでいる。
「これからも良いお付き合いを」
「そのつもりだ。なんせ王族とぶっといパイプができたんだからな。ガハハッ」
結構な力で俺の背中を叩いてくる。この人、商人よりも冒険者や騎士のほうが向いてるんじゃないか?
これで話も終わりかと思ったところで、ヒューゴが思い出したように会話を切り出してきた。
「おまえんところの領地にある孤児院。あそこのガキどもも、そろそろ孤児院を出る時期だ。そこから先のことは考えているか?」
「ええ、手に職をつけるよう工房で指導しています。簡単な読み書きソロバンはできるはずですよ」
「だったら心配ないな。路頭に迷うこたぁねえ」
孤児たちのことを気にかけてくれているのだろう。見た目は悪人っぽいが根はいい人だ。今後とも良い関係を築いていこう。
「そういえば、ラスティ、おまえ人を探しているらしいな」
「ええ、領地運営で書類仕事が多くて、人手不足なんですよ」
「だったら孤児たちを雇うってのはどうだ? 仕込んでいるんなら問題ないだろう」
その手があったか! 俺としたことが盲点だ!
たしかに孤児たちには大人になっても仕事に困らないよう勉強をさせている。不幸になった分、幸せになってほしかった。だから、どこに出しても恥ずかしくない教育を受けさせたつもりだ。貴族の屋敷でも通じるほどの知識。まさに俺が求めている人材。
「アドバイスありがとうございます。おかげで悩みが一つ減りました」
「悩み?」
「本当にありがとうございます。用事があるんでこの辺で」
ギルドを出ると、真っ直ぐ王城に戻った。そして手紙をしたためる。
東スレイド領にいる頼もしい援軍を呼ぶための手紙だ。
いつもは悩む手紙だが、今日に限って次から次へと文章が思い浮かぶ。
俺の撒いた希望の種はどのように芽吹いたのだろうか?
孤児たちはどうしているだろう。親がいなくていじめられていないだろうか? 将来に希望を見出しているだろうか? 楽しい思い出をつくれているだろうか?
育ててやったと威張るつもりはない。でも一度だけ、成長した姿を見てみたい。
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