第302話 特許プレゼン①
王都に戻った俺は久々に工房の面々と会うことにした。
新築したスレイド工房を訪ねる。
ちなみに工房の建設費はカーラ持ちだ。
当初は貴族や商人の住んでいる区画に工房を構える予定だったが、俺が反対して平民区画に建てることになった。
王族の一員になったとはいえ初志を忘れてはいけない。
というのは方便で、ただ王城から遠くへ逃げたかっただけ。でもまあ、これからの顧客は普通に暮らしている一般人だ。彼らの生活が豊かになる物づくりをしたい。
我ながらブレブレな考えだが、幸せのための物づくりを熱弁して現在に至る。
「さて、工房のみんなに会うのも久しぶりだな。元気でやってるか?」
工房に入るなり、飲んだくれ兄弟がやってきた。
「工房長、頼まれてたやつ、ついに完成したぜ」
「したぜ」
そう、俺はある物の製作依頼を二人に出していた。紙を量産する抄紙機もちょっと前に完成している。となると次に再現するのは印刷機。
そう、いままで開発した技術の総決算、輪転機がついに完成したのだ!
ローラー、足踏み式回転機、紙、それらが合わさって印刷技術が確立されたのだ。
版画やガリ版印刷といった印刷技術も確立しているが、あれらは手作業で量産には向かない。紙の有用性を知らしめるには富裕層から庶民まで幅広く行き渡るようにしなければ!
戦時中ということもあって森林資源は建築資材にまわされていたが、王都を奪還したことにより余裕が生まれた。それを機に一気に開発を進めたのだ。
「うまく印刷できたのか?」
「問題ない」
「バッチリだ!」
試し刷りの紙を見せてもらう。
想像以上の出来映えだった。
文字が鮮明なのは当然ながら、貴族の紋章や絵といった複雑な意匠も潰れることなく印刷されている。素晴らしい!
「原版をつくるのにどれくらい時間がかかった?」
「文字だけなら、板に打ち出す用の親版があるんでそれほど時間はかからなかったぜ」
「模様もいくつか揃えてある。問題があるとすれば絵だな」
「そうだな。あれは一つ一つがちがうからな、新しく親版を彫るか、少量印刷用の直彫りになる」
「これくらいの絵でも丸一日だ」
そういって見せてくれたのは、手の平ほどの絵が彫られた金属板だ。昔、博物館で見たことがある。宇宙史初期までメジャーだった文庫本の挿絵みたいだ。雑誌というフルカラーの印刷物もあったが、あれの再現は難易度がさらに上がる。
フルカラー印刷の前提条件に、劣化しにくいカラフルなインクや湿気に強い紙が必須だ。現状、そこまで開発できていない。チャレンジしてもいいが、技術が追いついていない。まず無理だろう。
文字をもっとちいさくすれば文庫本を再現できそうだ。当面は、魔導書や図鑑などといった教育に必要な書籍から量産していこう。そうしているうち技術があがって文庫本を印刷できるようになるだろう。
嬉しい知らせと明るい未来に、ウキウキしてきた。
「よくやった。臨時ボーナスだ。樽で出す! 好きな銘柄を言ってくれ」
「「ブランデー」」
飲んだくれなので味より量だと思っていたが、この兄弟、なかなかの通である。
蒸留酒のなかでも、ずば抜けて味の良い酒を選んできた。
でもまあ、特許と印刷技術の確立を考えれば安いものか。
「わかった、一人十樽出そう。休暇も出すぞ」
「工房長は神か!」
「ありがてぇ」
感激しているのか、アドンとソドムはその場に膝をつき、指を組んで俺を拝み始める。
俺は印刷技術の特許をものにしたいので、酒の手配をすると早々にギルドへ申請手続きに向かった。
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