第301話 subroutine ツェツィーリア_婚活女子の切実な悩み


◆◆◆ ツェリ視点 ◆◆◆


 私ことツェツィーリア・アルハンドラは控え目に見ても優秀、かつ美人である。


 ベルーガを代表する知勇を兼ね備えた名元帥にして、西部の交易都市ガンダラクシャを納めている公爵。男の気を引くこと間違いなしの腰まで伸ばした美しい灰髪。肢体どころか腹周りにも無駄な肉はない。腰のくびれは素晴らしく、鏡に映った姿に、誰この美人! と見紛うレベルである。


 頬に走る傷すら霞むほどの美人だ。歳は二四歳だが美人。大切なことなので強調しておく、! 


 家事こそ一切できないものの、そこいらの女には劣らない!


 元帥としての功績は、異民族の侵攻を撃退。魔の森と呼ばれる大呪界を切り開き、たった一代でベルーガ屈指の交易都市ガンダラクシャを築きあげた。マキナ聖王国に奪われた王都奪還戦でも活躍し、難攻不落と謳われた王都の城門をこじ開けるという前人未踏の武功を打ち立てたのは記憶に新しい。


 私が誇るのは軍歴だけではない。政治の場においても頭角をあらわし、その才能が認められて元帥にまでのぼりつめた。


 天才超絶美女元帥、ツェツィーリア・アルハンドラが優れているのは、それだけではない。血筋も良い! 王家の血は薄れているが由緒正しい傍系。


 そう、あらゆる面で私は優秀で美人なのだ。(ただし家事は除く)まさに欲張りハッピーセットのサラブレッド!


 非の打ち所の無い私ではあるが、ある問題を抱えていた。

 それは…………。

「イイ男、どこかに転がっていないかなぁ」


 まことに遺憾な話ではあるが、ろくな縁談がやってこない。

 公爵といえば貴族のなかでもっとも高い地位にある。さらに上の大公という肩書きもあるが、あれは王族限定だ。血の薄れた傍系ではとてもとても……。


 そんな高い地位にある私なのに、お見合いをしてもハズレばかり掴まされる。

 一時期、邪術士の呪いを受けているのでは? と星方教会に相談したこともあった。しかし、なんら問題はなく、結婚できないのは前世の行いが悪いからと説教されてしまった。

 位人臣を極めたと言っても過言ではない私が、前世の行いで結婚できないという。


 それ以外にも、いろいろとメンタル的な重傷を負ってきたが、元帥としての意地で耐え抜いてきた。

 まさに苦難の連続。神に仕える者たちでも、ここまでの苦行は積んでいまい。


 そんな辛い日々に耐え、やっと見つけたダイヤの原石――エスペランザ・エメリッヒなる慇懃無礼なイケメンに告白したら、速攻で断られた。

「家事のできない女性に興味はない。ああ、これはツェリ元帥を非難しているわけではない。私一個人の考えだ。そもそもツェリ元帥のことは恋愛対象としてではなく、同じ国軍に属する同士だと思っている。それに職場で色恋沙汰はあまり褒められたものではない。そう思わないかね?」


 軽く女性の好みを聞いただけなのに、最初の一言で趨勢すうせいは決した。見事なまでの敗北をきっする。


 だがそこは私! アシェと結婚しているというきずを見つけた! エスペランザとは爵位の差がある、それを利用して……。


 そのことを追求しようとした矢先、思わぬ先制攻撃が、

「つけ加えるならば、地位や権力を笠にして威張り散らす女も嫌いだ。そうやって自分を大きく見せる女性には碌なのがいない。特に貴族の爵位なんかがそうだな。肩書きしか取り柄のない愚か者の愚劣極まりない行為だ。あれには反吐へどが出る」


 さすがは軍事顧問、エグい。

 完膚かんぷなきまで叩きのめされ現在に至る。


 王城にあるバルのカウンターに突っ伏し、上司でもある友人になぐさめられる。

「ツェリ、あなたも大変ね」


「わかってくれるか、エレナ」


「当然よ。良かったら好みのタイプ教えてくれる。ツェリに見合う貴族がいたら紹介するわ」


「それでこそ友!」

 それからエレナに要望を伝えたら、だんだんと顔色が悪くなってきた。


 もしかして、紹介する貴族が多すぎて選ぶのが大変なのかッ! そうだ、きっとそうにちがいない! エレナは優秀な女。エレナならやってくれるはず!


 候補を絞りやすくできるよう、さらに細かい要望を伝えた。

「……とういうのが好みのタイプだ」


「…………そ、そう」


「で、いつ紹介してくる! 明日でも……いや、このあとでもかまわんぞ!」


「……でも、ツェリには元帥としての仕事があるでしょう。暇なときにでも……」


「心配するな、いますぐにでも時間をつくる! 問題ない!」


「あー、でもでも、公爵家に釣り合う家格か、問題のない家か……。そうそう、変な相手じゃないかも確認しないといけないから。ちょーっと時間がかかるかもぉ」


「そうだな。焦ってハズレは引きたくない。慎重に行こう」


 希望が見えてきた! 帰ったら、まっさきに仕事を片付けよう!


 そんなことを考えていたら、エレナが怪訝な表情で、

「ねえ、ツェリ。交換条件じゃないけど頼みがあるの、いいかしら?」


「なんでも言ってくれ、友よ」


 愛すべき親友は、星方教会への使者という大役を打診してきた。

「だいぶと先の話なんだけど、あなたにとって悪い話じゃないと思うの。だって、星方教会の本拠地――聖地イデアっていえば、教会のエリートがいる場所でしょう。あなたのお眼鏡にかなう男性がいるかもしれないわ。それに聞いた話じゃ教皇猊下は女性だっていうし、謁見となると女性が必要なのよねぇ。そこでツェリの出番。イデアへ派遣できるような優秀な女性っていないのよ。だからお願い」


 妙な言い回しだな……そうか、派閥問題が絡んでいるのか。それで無所属の私に白羽の矢を立てたわけか……なるほど。殿方の紹介はその褒美だな。


 一応、確認しておこう。

「そんなことはないぞ。四卿の娘もいれば、王女殿下たちもいる。それに女性の候爵ならクラレンス・マスハスという適任者がいるではないか」

 王族以外はどれも派閥の女だ。もし派閥問題があるのなら……。


「それはちょっと難しいかしいわね。いろいろと大人の事情があって……」

 いまので確信した。間違いない派閥問題だ。


 アデル陛下は若いので、よからぬ輩を近づかせまいと王族は離れられない。王族以外は、優秀な人材を挙げたつもりだ。それになのに派閥の者たちを指名しない。

 面倒事は嫌いだが、これも結婚のためだ。話を受けるとしよう。


「わかった。で本題は? 使者というのは表向きだろう。裏に何かあると見た」


「さすがはツェリ、話がはやくて助かるわ。実は……」


 恐ろしいことに、星方教会の内情を探ってこいとのご命令だった。

 選別されたメンバーの表向きの代表者はラスティで、私は女教皇相手の交渉窓口。

 主立ったメンバーはラスティ、私、エレナ直属の配下ロビンに、エレナの元部下リュールとブリジットの五名。


 ロビンという側仕えは知っている。王家お抱えの密偵一族――スレイド家の手練れだ。リュール、ブリジットという名は初耳だが……。


 もしかして、私はマズいことに足を突っ込んでしまったのでは?

 でもまあ、未来の夫のことを考えるのならば、この程度の危険は承知の上!

 今度こそアタリを引かせてもらおう!


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