第300話 北スレイド領視察③



 マリンの怒りに萎縮する二人を見かねて、助け船を出すことにした。


「マリン、ありがとう。でもちょっとやりすぎ。そういうことは押しつけちゃ駄目だ。俺は理解してくる人たちと一緒に仕事をしたい」


「であれば、この者たちを!」


「それも駄目。彼らは自分の意志で手伝ってくれている。ルシードたちみたいな考え方もあるんだって、受け入れなきゃ」


「……す、すみません。出過ぎたことをしてしまいました」


 しょんぼりと肩を落とすマリン。気落ちした彼女の肩を抱く。

「そんなことないよ。マリンが俺のことを理解してくれていて嬉しい、ありがとう。それとごめんね。頼りない夫で」


「そ、そのようなことはありません! 妻として夫を助けるのは当然のことですッ!」


 成り行きでラブラブムードになってしまったが、慇懃無礼なアルトゥールは右手を挙げて発言を所望した。夫婦のイチャイチャをぶち壊すとは、なかなかの強者である。


「なんだ?」


「スレイド閣下、我らが間違っていました。申しわけありません。今後はこのようなことがないよう務めていきたいと思いますので。ご容赦を」


「いや、誤るのこっちのほうだ。本来なら俺だけで進めていたことを君たちに頼ってしまった。つくづく駄目な領主だって自覚させられたよ。領地運営についてもっと勉強しなきゃ」


 それから意見を交わして、北スレイド領は食糧生産と孤児・傷痍軍人・未亡人たちを優遇する方針を固めた。二人の意見も汲んで、魔道具づくりなどの金策は形だけ進めることにした。本格的なお金儲けは、ベルーガの食糧事情が安定してからだ。


 領主としての仕事が終わると、今度は俺に会いに来た客の応対。


 まずは受付をした兵士から、訪問者リストをもらう。

 要領のいい兵士は、訪問者の名前と一緒に用件も聞き出していた。なかなか優秀だ。


「よくできているな。対応しやすい、助かる。名前は」


「ヘナスと申しますッ!」


 兵士は尻を突き出し、顎をあげた。本人なりにビシッと決めているようだが、どこか滑稽だ。


 おっと、人を見かけで判断しちゃ駄目だな。評価は公平に。


「ここでは、こうやって訪問者をリスト化することになっているのか?」


「いえッ、自分が考えましたッ!」


 指示されないで考える。俺の求める人材だ。

 将来有望な兵士に大銀貨一枚を手渡した。


「こ、これは?」


「手間賃だ。今後もこういった見やすい資料を考案してくれ」


「あ、ありがとうございますッ! これからも切磋たくミャ……アデュッ!」


 盛大に舌を噛み、ダラダラと血を流す。


「おい、大丈夫か?」


「らいじょうぶで、ありまふゅッ!」


 元気に言うと、兵士は頭を下げて、その場を去った。


 なかなか味のある兵士だ。訓練のカリキュラムを見てみたいところだが、あとが怖そうなのでやめた。


 訪問者リストに目を通す。

 貴族は当然のことながら、商人も多かった。意外なことに平民の名前もあって驚いたが、彼らは住人の代表らしい。名士や顔役、学のある識者だ。


 次は用件だ。

 これを確かめてから会う会わないを決めよう。

 なんとなく予想していたが、貴族のほとんどが、お見合い。おおかた妻が多いから、あと一人くらいとねじ込みたいのだろう。そこまでして王族と縁を持ちたいものかねぇ……。

 スレイド領の視察や領地運営の話が聞きたいという前向きな貴族にだけ会うことにした。


 商人はもっと露骨だ。顔繋ぎ、顔合わせ、ご挨拶、などなどビジネスワードで用件が埋め尽くされている。これも却下。ホランド商会という取引相手がいる。スレイド領の取り引きはそっちに丸投げしよう。


 最後の平民だが、求める人材がいるかもしれないので全員と会うことにした。

 裕福な名士以外はかなり毛色のちがった人たちだった。優秀な人が多かったので、雇われないかと打診した。

 その結果、情報通の吟遊詩人と元冒険者、発明家といった面々を雇用するに至った。また名士からも優秀そうな人を雇った。

 領地運営とあまり関係のない人々だが、突き抜けた才能が役に立つ場面も出てくるだろう。そう考えての登用だ。人材は大事。将来、大きな実をつけるかもしれない。

 ま、アテが外れたら、その時は人を見る目がなかったと諦めよう。


 おおかたの用事がすんだの、王都へ戻ろうとしたら、またぞろ貴族様が面会にやってきた。


 ミルマンという貴族らしい。なんでもマルロー家の寄子だとか。


「マルロー家……トベラのことか!」

 頭のあがらない上司の部下を思い出す。


 急ぐこともないので、会うことにした。

 ミルマンは三〇代前半の冒険者っぽい男だった。無数の傷跡の残る鎧を着て、顔つきは精悍だ。


「ミルマンと申します。国王陛下から子爵の地位を賜っておりますが、家名はまだありません。あっ、ついこの間まで男爵だったので、作法には疎く……その辺はご容赦を」


 貴族にしては無骨な物言い。叩き上げの軍人だろう。騎士あがりか?


「そのミルマン子爵が、今日はどういった用件で?」


「実は領地の件でして……」


 聞けば、かつての領地がリッシュに追贈された領地と重なって困っていると言う。追贈された領地なので、リッシュも扱いに困っているのだとか。


「なるほど、それで俺のところに来たわけか……」


 そういう政治的な話はわからないので、内務卿の子息であるルシードに振ることにした。


「ルシード、君ならどうする?」


「私でしたら……そうですね。空いている土地を仮の領地としますが」

 歯切れの悪い返答だ。何か問題でもあるのだろうか?


「国法に引っかかるのか?」


「いえ、そうではなくて。ほかの貴族に突かれる可能性があるかもしれません」


「と、言うと?」


「マルロー家も、ミルマン子爵も、ともに先代以前の国王陛下から領地を賜っているはず。それと現国王アデル陛下の思惑と食いちがえば、どちらに忠誠を捧げているのかと……」


 なるほど、小難しいことを並べ立てる貴族らしい嫌がらせか。


「だったら重なっている土地を両者で分ければいい。足らずは俺の領地をつかってくれ。代理運営の手間賃代わりに、その領地の収入を全額渡す」


「それではスレイド閣下が損を被るのでは?」

 高潔な武人らしく、ミルマンは納得していないようだ。


「かまわない。その代わり、いざというとき領地を守るのに手を貸してくれ。それで差し引きゼロだ」


「本当にそれでよろしいのですか?」


「それでかまわない。いざという時に備えて兵士を雇っていると思えばいいだけのことだ」


「……ではお言葉に甘えて」


「俺からも陛下に伝えておく、そう遠くないうちに手を打ってくれるだろう」


 話が終わったので、雑談をする。

「ところでミルマン子爵は、トベラの代理でマロッツェの領地を治めているのか?」


「はい、そういうことになっております」


「となると彼女は当分、王都に滞在か」


「当分どころか、かなりではないでしょうか。宰相閣下の直属ですから」


「へー、そうなんだ」


 やっぱり優秀なんだ。エレナ事務官仕込みのやり手だとは思っていたけど。多分、側近にするつもりだな。

 俺もつかえる部下を育てないと、ラッキーやジェイクは軍事にしか興味がないからなぁ。ルシードたちもいるけど、気安く話しかけられる感じがしないし、打ち解けた感も薄いし。そもそも考え方からしてちがう気がする。


 宇宙軍時代、上官がぼやいて言葉を思い出す。

「司令部も、部下を寄越すなら、つかえる部下を寄越してくれ。ホント頼む」

 だいたいこんな感じだ。あのときは他人事だったけど、当事者になってわかる。あの魂の悲鳴に似たぼやきが真理なのだと……。


 ああ、俺も優秀な部下が欲しい。

 せめて俺と同じような立場の相談相手がいればいいのだが。


 ふと、ガンダラクシャの腹黒元帥が思い浮かんだ。

「アレは駄目だ。弱みを握られる」


 価値観が合って、気軽に相談できる部下……いや仕事を丸投げできる優秀な部下。どこかに転がっていないかなぁ。


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