第299話 北スレイド領視察②



 美形のルシードが尋ねてくる。

「どの商会に売却しましょうか?」


 カナベル元帥のこともあって、ルシードとは距離を置いている。中性的美青年だし、と断言はできない。それが親の言葉であってもだ!


 ああいう失敗は一度だけでいい。


 上司と部下の関係を崩さぬよう意識しながら、指示する。

「売却の窓口はホランド商会にしてくれ」


「ホランド商会? あまり聞かない名前ですね」


「ガンダラクシャの大手だ。いろいろと世話になっている。それに会長のロイ・ホランドさんは友人なんだ」


「付き合いも大切ですが、ビジネスは別ですよ」


「知っている。だけど困ったときはいつも助けてもらっているからね。言い値で売ってくれ」


「よろしいのですかッ!」


「かまわない」


 王族相手に値切られることなく商談した。いいじゃないか。ホランド商会も箔がつくし、ロイさんに御用達の看板を贈った意味が出てくるはず。


 ガンダラクシャでは世話になった。聞けばエレナ事務官に俺のことを尋ねられたとき、頑なに最後まで名前を明かさなかったとか。

 そんなこと頼んだ覚えはないのに、気をつかってくれたのだろう。

 恩には恩で返したい。

 大盤振る舞いな気もしたが、バチは当たらないはず。


 それから、ルシード、アルトゥールとともに、今後の北部スレイド領の運営方針を議論する。


「閣下、なぜ食糧生産に拘るのですか? 魔道具づくりを主軸にすれば、北スレイド領の収支はすぐにでも黒字になります」


「左様、いまは先立つ物が必要、食糧よりも金では?」


 二人の言いたいことはわかる。金は天下の回りものというし、あって困ることはない。しかし、人が生きる上でもっとも大切なのは水と食糧だ。

 水は魔道具でどうとでもなる。だが食糧は容易に生み出せない。

 だからこそ、いざというときのために食糧を確保しておきたい。


「二人の言う通り、たしかにお金が多いに越したことはない。だけど、いくら金を積んでも食糧を買えないときもある。裕福な商人や貴族はそれでも食糧を手に入れられるだろう。しかし庶民は? 国のために税を納め、家族を養うので大変だ。そんな彼ら、彼女らに法外な値段の食糧を買えと言うのか?」


「貴族が施せばいいのでは?」

「余分に備蓄しておけば問題ないかと」


「それは君らの意見だ。マキナの件に限らず、想定外のことは多い。不作、災害、紛争、何が原因で民が苦しむかわからない。俺はベルーガの民には幸せになってほしい。だから、最低限の生活だけでも保障してやりたい。まずは食糧の備蓄から手をつけたい。間違っているだろうか?」


「閣下のお気持ちはわかります。ですが領地運営も民のためを思えばこそ。冷酷になれとは申しませんが、益のある選択をしていただきたいのです」


「同じく。金銭に余裕があって、初めて民の安寧が得られます。そこを履き違える事無きよう願います」


 どうやら俺の理想は異端らしい。由緒ある貴族様たちには理解してもらえなかった。すこし……いや、かなり悲しい。

 どう説得すればいいのか。悩んでいると、黙っていたマリンが口を開いた。


「あなたたちは間違っています。ラスティ様が正しいのです」


「奥様、お言葉ですが、領地運営の資金は必要不可欠です。赤字収支をただちに修正せねば」


「そうですぞ。民心を得るにも、民の生活を向上させるにも、資金……税収が必要です」


「黙りなさいッ!」


 マリンは机を破壊して二人の異論を封じた。

「なぜラスティ様は、あなたたちを助けたときに名乗らなかったのか理解しているのですか? なぜ何も見返りを求めなかったのか知っているのですか! なぜ、あなたたちに部下になれと命じなかったのかわかっているのですか!」


「それは……あまり悪目立ちしたくなかったのでは。私はそう聞いています」

「私もだ。敵対派閥から目をつけられたくないと」


「本当にそうだと思っているのですか? だとしたら拍子抜けです。ただちにこの場から去りなさい」


「いくら奥様でも言って良いことと悪いことがあります」

「そうだ。それにマリン様はスレイド閣下ではない。我々が従う理由はないのです。その辺を理解しておられるのですか?」


 二人の言い分を聞くなり、マリンは目元を手で覆って天を仰いだ。

「情けない。いいですか二人とも、ラスティ様は、あななたちが最後まで王家の隠し部屋について喋らなかったから、その忠義に報いて名乗らなかったのです。あなたたちの立場――属している派閥を尊重したのです。見返りについてもそうです。国難の折、領地運営もままならぬであろう、あなたたちから金品を巻き上げるのよしとしなかったからです。それに部下になれと命じなかったのは、派閥争いに巻き込みたくなかったからです。そんな心優しいラスティ様に凡百の貴族のように金に浅ましくなれと! よくもそんな口が利けますね、恥を知りなさいッ!」

 最後の言葉で魔力が暴発したのであろう。部屋の窓ガラスが全部割れた。修繕費が…………。


 それにしても頼もしい妻である。敵に回さなくて本当によかった。

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