第297話 subroutine ブリジット_バル女性店②


◇◇◇ ブリジット視点 ◇◇◇


「あら、今日の当番はブリジットなの? アシェの日じゃなかったのね」


「アシェさんならもうすぐ来ます。彼女に何か用事でも?」

 帝室令嬢ということもあって、エレナ様には気安く声をかけられない。平民の悲しい性、ちゅうやつや。


「ん、ちょっとね。私に相談したいことがあるらしいの」


「エスペランザ准将絡みですか」


「察しがいいわね。そうよ、彼絡みの家庭問題。アシェは真面目だから、いろいろ貯め込むタイプでしょう。だから気になって」


 帝室令嬢ともなれば、直属の部下だけでなく、それ以外にも目を配るんか! ふむふむ、なるほどなるほど。これはきっちりアカンなッ!


 丁寧に対応することにした。


「お飲み物はどうされます?」


「果実酒のソーダ割り、薄めで」


「かしこまりました」


 飲み物を用意して、ツマミにあっさりとした魚のカルパッチョを提供した。

 アルコールが薄い分、塩分控え目。その代わりに柑橘果汁をたっぷり効かしている。


「いいチョイスね。悪くないわ」


「お誉めの言葉をいただき、光栄に存じます!」

 ガッチガチに緊張していたら、エレナ様が話を振ってきた。


「ところで同棲しているリュール少尉とはどうなっているの?」


「は、はぁ……。特にこれといって……そもそもウチは平民やし、貴族様とは変なことにはならへんかと」


「そう。帝国貴族っていっても、この惑星じゃ意味を成さない肩書きなのに、拘りでもあるのかしら?」


 なんとも変な物言いや。まるで何かあるのを期待しているみたい。

 アルコールも入っていることやし、聞いてみよう!


「そのう、リュール様の肩書きが無かったら何かあるんですか?」


「あるかもって予想してたんだけどね。外れちゃった」

 ますます気になる。


「どんな予想やったんですか?」


「聞きたい?」


 悪戯好きな女子の目や。上手いこと誘導されている気はしたけど、乗っかることにした。


 まあ、私知りたいですッ! って男心をくすぐるような上目遣いのあざといビッチみたいな真似はしなくてもいいし、聞いてみる……かな。


「ウチ、そういうの気になる性分で……教えていただけるのなら」


 エレナ様は男子の好みそうな、小悪魔的な微笑を浮かべると、

「私ね。あなたたちがと思っていたの」


 ん、んんッ! それってもしかしてッ!


「リュール少尉って小説家志望だったでしょう。ブリジットは美術学校へ行ってるし、アーティスト同士の結婚ってやつかしら」


「あのう、エレナ様、発言いいですか?」


「いいわよ。私、異論は認めるタイプだから」


「筋は通っているみたいやけど、ウチらアートの方向性違いますし、そもそも貴族と平民ですし、リュール美形やし……」


「言いたいことはわかるわ。だけど彼、エスペランザ准将みたいにいつも小難しい顔しているでしょう。だからなのか、身持ちが堅いっていうか、理想が高いっていうか、私の勘だけどね」


「それについては同意見ですけどぉ。それと付き合うのは話が別じゃないかと……」


「自信を持ちなさい」


 いや、そもそもウチ、リュールのこと異性として意識してへんし。ただのルームメイトやし。


 そりゃ、仮住まいを提供してくれたとき、リュールと同居って話に、おっ! って思ったのは事実やけど。そんなラブコメとか恋愛とかの展開ゼロやで。

 学校スクールのクラスメイトみたいに、当たり障りのない関係や。お互いに視えない壁と溝で、適度な距離を保っているのが現実。


 せめて男らしく迫ってくるイベントでもあったら話もちがったんやろうけど。あの貴族様に限ってそれは無いやろう、しょっちゅう貴族のご令嬢と楽しそうに話しているの見かけるし……。


 これ以上は考えることは何もない。ウチは敗北したんや。戦場で戦う前に、流れ弾に当たって死ぬやつ。まさにアレ。


 もうええねん。ウチ、一人でたくましく生きるねん。


 虚無にも似た喪失感に襲われる。


「……重傷ね。今度イイ男紹介してあげるから元気出しなさい」


 ウチは無言で首を振った。


「…………そのうち、いい出会いがあるでしょう。この惑星、探せばそこそこの物件オトコは見つかるから」


「ソウデスネ」


 愛想良く返事したつもりが棒読みなってた。うん、重傷や。どこか傷心旅行にでも行って、エエ男でも買おうかなッ! ウチは負けたんやないッ! 世の男どもに見る目がないだけや! でも悔しい……。


 どんよりとした気持ちでいると、アシェさんが店に入ってきた。


「すみません。打ち合わせが長引きまして。これはエレナ様、ご足労をおかけして申しわけありません」


 生真面目な女性騎士は優雅に身体を折った。金髪碧眼の眼鏡美人。ウチとはちがってモテるんやろうな。きらっきらの金髪ポニテをフリフリ振って、サラサラの綺麗な横髪が揺れる。ぐぅ、美人や!


 美人さんの神々しい金髪に比べて、ウチの髪はぱっとせぇへんハチミツ色、おまけにフツーのツインテール。

 勝てる要素が見つからへん!


 そんなことを考えている間にも、新婚のアシェさんはカウンターに入ってきた。


「今日は何にしましょうか?」


「ワインをお願い。おツマミは足りているわ」


「魚ですね、でしたらワインは白で。口当たりの軽いフルーティなものをご用意します」


「いいわね」


 エレナ様の相手も来たことやし、ウチは管を巻いている四人のところへ行った。


 ちょっと目を離した隙に、完全にできあがっていた。


「オレだって、人目を気にせずもっとイチャイチャしたいんだぞ!」

「それを言うなら私だって、旦那様を攫ってどこかへ雲隠れしたいですよ」


 いつの間にか、カーラ殿下とカナベル元帥は高濃度アルコールのスピリタスの瓶をぶつかあってラッパ飲み。


 ティーレ殿下はカウンターに突っ伏して、ホエルン大佐は壁に向かって何やら説教している。


 アカンやん。


 ウチではどうにもならんので、バルを出て近くにいた衛兵さんに、スレイド大尉を呼んでもらった。


 飼い主が来るまで現状維持や。

 バルに戻ると、今度はエレナ様が憤慨していた。なぜかアシェさんの目元が泣き腫れている。


「それは駄目ね。私から厳重に注意しておくから安心して」


「ありがとうございます。閣下に相談してよかったです」


「今後も似たようなことがあったら、いつでも相談に来なさい。力になるわ」


 何があったんやろう?


 美人も大変やなと思いながら、スレイド大尉が奥さんたちペットを取りに来るのを待った。


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