第296話 subroutine ブリジット_バル女性店①
◇◇◇ ブリジット視点 ◇◇◇
王城にある会員制の特別慰労施設――バルで、ウチは小遣い稼ぎをしていた。
かつての上官には悪いけど、個人情報を切り売りしている。
ちょうどいい具合に、カウンターに座っているのはある人の奥さんたち。黒髪金眼の少女を除いた四人。カーラ殿下、ティーレ殿下、ホエルン大佐、カナベル元帥。どれも大物で大人な女性や。シノギの匂いがプンプンするわッ!
勿体ぶらず、ストレートにネタを明かす。
「って感じに、ラスティ大尉が隣で酔い潰れてたんよ」
「ブリジット、その件について詳しく教えてくれない」
ホエルン大佐が大銀貨を一枚、カウンターに滑らせた。王族の情報にしては安い気はしたけど、まあ今後のお付き合いを考えて、ここは勉強させてもらおう♪
「ここだけの話やけど……」
プレミア感を増すためのセリフを添えて、リュールから聞いたことを喋った。
「…………ちゅうことや。家庭の事情はよくわからへんけど、悩んでたみたいやで。あとな、奥さん全員愛してるけど、俺じゃ駄目なのかなって、思い詰めた顔してたんやって」
「それ本当の話?」
鬼教官と名高いホエルン・フォーシュルンドが食いついて放さない。爆釣の予感!
ウチは無言で手の平を出した。
すると今度は王女様たちが、小金貨を手の平に載せてくれた。さすがは王族! バブリーな洗礼にジャンプしかける。
「情報料を弾んだのだからわかっているな」と眼鏡の王女様。
「今後の付き合いもあります。よい情報を期待していますよ」と二番目の女王様。
試されてる!
ウチは元々砲兵科、弾道計算は得意でも色恋沙汰となるとさっぱりや。そもそも勝手がちがう。これが情報専門のリュールやったら上手いこと行くんやけどなぁ。
心のなかで愚痴りながら、彼の言っていたことを思い出す。そういえば……。
「夫として自信を無くした、旅に出たいって零してたんやって。重傷やな」
「「「「…………」」」」
奥さん連中が沈黙した。
しばらくして、弁明するように言葉を紡ぐ。
「オ、オレは常に中立だった。きっとオレ以外の妻に不満をもっているのだろう」
「私もラスティのことを常に一番に考えています」
「パパの重荷になるようなことは、まだしてないわ」
「私はお情けで妻にしてもらっている身。侯の前で出しゃばったことはしていません」
誰一人して非を認めない。なるほど、リュールから聞いた話は真実らしい。
揺らめく水面に一石を投じる。
「でも、思い詰めるくらいやで、心当たりあるやろう?」
とたんに大きな波が立った。
「……正直に言おう。オレは無実だ! ちゃんと夫を問いただしてから行動しているッ!」
「私は……ちょっとだけ責任を感じています。ですがハッキリしないラスティが悪いのです!」
「思い当たることが、ほんのいくつかあるわね……でもまさかね。訓練のしごきに比べれば楽なものだから」
「…………あのことでしょうか?」
滅茶苦茶あるやん!
知らへん相手やったらどうでもエエけど、大尉さんには世話になってるしなぁ。恩返しやないけど、助け船を出すことにした。
「あんまり旦那さん困らせたら、本当に出て行かれるで」
「「「「えッ!」」」」
今度は揃って驚かれた。
「考えてもみてみぃ。スレイド大尉は家庭的で家事もできる。間違いなくモテる。おまけに成功者や、放っておいても女のほうから寄ってくる。王女様たちに拘る必要はあらへん。でもなぁ、王女様たちはちがうやろう。あんなエエ男、そうは見つからんで。なんせ紳士的で優しい、それも上辺だけやない。本当に紳士で優しい愛妻家や。それを下らん痴話喧嘩で手放してええのん?」
「「「「…………」」」」
沈黙が続いた。
どうも主張を曲げる気はないらしい。
家庭問題に長々と付き合うほど暇じゃないのでグラスを磨く。
ピカピカになったグラスをホルダーに収めていると、
「キツいのくれ」
「「「私も」」」
オーダーが来たので、蒸留酒を注いだショットグラスをカウンターに置いた。
四人揃って仲良く一気飲みしてから、さらにおかわり。それが二度続く。
「そんな飲み方してたら体壊すで」
「飲みたいときもある」
「そうですッ!」
「ヤケ酒よッ!」
「あっ、私は慣れているので大丈夫です。蒸留酒のおかわりを」
奥さん連中が酩酊しだした頃になって、雇い主であるエレナ様が来店した。
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