第295話 意気投合



 その日はたまたま仕事がはやく片付いたので、王城に設けられたバルへ足を運んだ。

 なんでもエレナ事務官の提案で誕生した施設らしい。慰労と保養を兼ねた場所で、会員専用の憩いの場だという。


 年会費は大金貨一枚と高いが、いつでも利用可能。王都では滅多にお目にかかれない魚介類はもとより、高級な走竜ダッシュドラゴンの肉まで取り揃えられている。

 王族に認められた者しか会員になれない仕様となっているため、プレミア感はハンパない。

 ちなみに同伴は二名まで可能。手柄を立てた貴族たちから安価で部下を労えると好評だ。


 バルのドアをくぐる。トイレよろしく男女別々の入り口が目に入った。


 男のほうへ行く。


 カウンター席だけの店だ。やってきたのが昼間だったので、店内は閑散としていた。先客は一人だけ。隅っこで静かに飲んでいる。


 ん? どこかで見たような……セモベンテだ!


 俺の苦手な元帥様は、サシミを突きながら、冷酒をチビチビやっていた。


 空席を挟んで座ろうとしたら、ぎょろりと目だけを動かして、

「ラスティか、久しぶりだな。こっちに座れ」

 と、隣の席を指し示す。


 セモベンテと飲むのに抵抗があった。しかし、俺も王族の一員。臣下の差別はいけない。平等に接しなければ!


 王族としての威厳と度量を示すことにした。

 ドカリとスツールに腰をおろす。


 久々に見るセモベンテは、気のせいか頬が痩けているように見えた。それに横顔に走る三本の傷が目立つ。魔物とでも戦ったのか?


 苦手なセモベンテだが、部下の指導は真面目だ。嫌な男ではあるものの、職務に忠実で優秀なのは間違いない。日々の鍛錬を怠らない元帥に、なんとなく負けた気がした。


「なんにしますか大尉殿」

 今日のマスターはリュール少尉だ。

 意外なことに、この帝国貴族は知識人で小説家を目指していたという。言うだけあって、博学で趣味の幅も広い。

 特に釣りが好きらしく、魚も捌けるのだとか……。


「昼間からキツい酒は飲めないから、ワインを」

 ソムリエみたいに慣れた手つきでボトルを開け、グラスに朱い液体を注ぐ。

 ツマミに、クルミ入りのポテトサラダとクラッカーを出された。


 まずはワインで唇を湿らしてから、ポテサラを載せたクラッカーを囓る。

 柑橘類の皮を散らしたポテサラはワンランク上の仕上がりだ。クルミの食感と存在感のある味がいいアクセントになっている。多めに振った粗挽き黒胡椒と柑橘類の皮が、キリッと味を引き締めていて、上手くまとまっている。

 やるじゃないか。


 俺もうかうかしてられないな、もっと料理の腕を磨かないと。


 美味に舌鼓を打つ間もなく、セモベンテが語りだした。

「まあ、なんだ。おまえとは折り合いが悪かったが、いまにして思えば俺の勘違いだったようだ」


 尖った騎士にしては珍しくマイルドな口調。晴れて元帥になれたので、張り詰めていたものが緩んだのだろうか それとも、余裕ができて周りに気を配れるようになったとか?


「そうだな。これからは面倒な派閥の連中が相手になるし、同じ軍人同士いがみ合っていても見苦しいだけだ。なんの得にもならない」


「それもある。だが、ひとつ言わせてくれ」


「なんだ?」


「ラスティ、


 んっ?


「俺は元々妻帯者だが、元帥になってからさらに二人の妻を娶った。派閥のしがらみというやつだ」


 なんだ自慢か。相変わらずマウントをとりたがる男だ。ともに王都攻めに参加した仲だし、今日くらいは自慢話を聞いてやろう。


「あ、うん、おめでとう」


「俺でこれだけ苦労しているんだ。おまえはもっと大変なんだろう。そう思うと、過去のことなどどうでもよくなってきた。それだけのことだ」


 独白してから、セモベンテはこちらを向いた。

 隠れていた顔半分――右の頬は二度見してしまうほど腫れあがっていた。


「おまッ、どうしたんだそれッ!」


「新しい妻に打たれた。頬の傷もそうだ」


 言われて気づく。そういえば頬に走っている傷は、魔物のものにしては浅い。はっ、奥さんの爪だ!


「これだけじゃない。妻たちの口げんかをとめようとしたら……」


「とめようとしたら」



 驚愕の事実にドン引きした。


 うわぁー。奥さん三人で修羅場かよ……。

 他人事とは思えない。こっちは五人も妻がいる。修羅場はセモベンテの比ではないだろう。


「まあ、なんだ。お互いに行き着く先は一緒だ。なんとなく理解したよ」

 優しく声をかけて、セモベンテの肩を叩いた。


「ラスティ……おまえイイ奴だな」

 なぜかセモベンテは涙ぐんだ。


「同じ陣営に属している軍人だし、妻の件といい、赤の他人とは思えない。実は俺も……」


 身に起こった本当のことを話すと、セモベンテは目を見開いた。

「おまえ! よく生きていたなッ!」


 そこまで驚くことだろうか? 


「考えてもみろ、相手は王族だぞッ! 下手に機嫌を損ねたら……」

 と、セモベンテは自らの首に手刀をあてがう。


 あっ、そういうことね。


 そこは別の王女様や姫様、破壊の象徴である鬼教官がいるので満場一致でない限り即死はないだろう。

 だがしかし、過半数の意見が…………ここから先は考えるのが怖くなってやめた。


 グラスのワインを一気に流し込む。

「セモベンテッ! 嫌なことは飲んで忘れよう」


「そ、そうだな。それに限る」


 ともに激戦をくぐり抜けてきたベテラン軍人の俺たちだが、その日ばかりは酒に溺れた。


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