第294話 雇用義務



 優秀な文官を雇って、俺の仕事は捗った。


 順調な出だしだ。しかし同時に、ある問題が浮上する。政務とは関係ない問題。ズバリ、四卿のご令嬢たち。


 四六時中、向けられる女性陣の熱い視線が気になって仕方がない。


 そんな居心地の悪い環境になってから十日後。

 いつものように執務室に入ると、令嬢たちが輪になって何やら相談していた。


「新作のスイーツでも出たのか?」

 気になって声をかけると、揃って驚き目を見張る。


 俺、なんか悪いことしたか?


 そんなことを考えていたら、軍務卿の娘――姉のメルフィナが声をあげた。緊張しているのか、上擦った声だ。


「ス、スレイド侯、し、しし、質問を許されよ」


「なんだい畏まって、なんでも聞いてくれ」

 そう返すと、メルフィナは居住まいを正してから、大きく深呼吸した。

 こういう態度をとるときは、大抵重要な話だ。俺も気を引き締めて臨むことにした。


「怒らないから言ってくれ」


「……言ってもよろしいのですか?」


「よろしいも何も、聞かないとわからないじゃないか」


「そ、そそ、そうですね。いましばらく心の準備をさせてください」


 なんだろう? もしかしてまた赤字収支か! 勘弁してくれ、今度は誰から金を借りればいいんだ……。


 彼女は最後に大きく息を吸ってから、

「我らに許された?!」


 思わず吹きそうになった。

 身構えていたこっちが馬鹿である。


 まあ、お妾さん契約したんだし、そうなるよな……。


 ティーレと四卿とのヒソヒソ話を聞いていなかったので詳しくは知らないが、こういったことも込みでの契約だろう。

 なんせ俺の浮気防止だ……。

 月末が近づいているし、声がかからないのに焦っていたのか?


 人を雇えばなんとかなると思っていたのに、詰めが甘かった。

 妻たちのいない職場どころか、その休憩時間までもが犠牲になるとは、想定の範囲外である。

 こうして俺の安息の場は次々と潰されていった。


 数少ない自由が奪われていく。古代地球では、社畜には〝便所飯〟という安息の場が設けられていたと聞く。いまの俺にはそれすら無い。

 ブラック環境は駄目だ。どうにかしないと……。


 今夜はマリンが相手なので、比較的体力に余裕がある。

 詳しく事情を聞くために令嬢たちを隣室に招いた。

 一対四の激しい〝にゃんにゃん〟の幕開けである。


 その夜、マリンに「いつもより元気がありませんね。どうしたのですか?」と、不満の声を投げかけられた。

 笑って誤魔化し、心のなかで幼い妻に謝ることしかできなかった。

 花丸満点パパへの道のりは険しい。


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