第293話 リクルート③



 一応、王族なので俺の執務室は広い。兵舎の個室を考えるなら、二十人くらいどうってことない広さだ。


 コロニーに住んでいたときのアパート換算だと軽く十部屋。コロニーでは風呂、トイレ、キッチン、寝室、全部ひっくるめて地球でいう六畳が主流だ。あてがわれた執務室は六〇畳を優にえる。超がつくほどの金持ちの住む広さだ。


 自慢の執務室をお披露目したが、感想は耳を疑うような内容だった。

「手狭ですね」


 どういうこと?


 言い出しっぺの財務卿の令息――計算が得意そうなアルトゥールはつづける。

「資料を置くとなると、あと一部屋はほしいところですね」


 んんッ!?


「一つ聞いていいかな」


「なんでしょうかスレイド侯」


「資料って、そんなに場所をとる物なのか?」


「大体の予想ですが、部屋の三分の一近くを占めるでしょう」


「だったら問題ないんじゃ?」


「問題はあるかと……。侯の私物が部屋の半分と考えますと、部屋に詰める者がつかえる場所は限られてきます」


「ちょっと待ってくれ。なんで俺のスペースが部屋の半分なんだ? 四分の一でも広すぎるぞ」


 口に出した瞬間、執務室に招いた四卿の令息・令嬢が目を点にした。

「「「えッ!」」」


 なぜそこで驚く!


「部屋の飾りはどうなされるのですか? 陛下から下賜された宝物ほうもつや、貴族や商人からのみつぎ物を置く場所。くつろげる場所や家具も必要です。残りのスペースでは私たちは入り切りません。側仕えや侍女、衛兵すら入れるかどうか……」


 根本的に考え方がちがうらしい。


「だったら隣の部屋をつかおう。執務室とも続いているし、そっちを倉庫にすれば……」

 隣室へと続くドアを開ける。


 そこに信じられない光景が!


 何もない、ガランとした殺風景な空き部屋が変貌していたのだ。


 生まれ変わった部屋には天蓋付きのキングベッドが鎮座し、インパクト大のガラス張りの内風呂もある。いかがわしいピンクの世界ではないものの、窓には分厚いカーテン。枕元にはちいさな照明と、妖しい造りだ。


「どうなってるんだ? この間までなかったぞ!」


 何かの見間違いだと目を擦って見直すが、やはりベッドと風呂はあった。


 どういうこと?


 混乱していると、隣室と廊下を結ぶドアが開いた。

 ティーレがあらわれる。


「あっ、あなた様いらしたのですか。いかがですか、このお部屋。これで日中も心置きなく……」

 そこまで言うと、彼女は頬を赤らめた。いくら鈍い俺でもさすがにわかる。ヤリ部屋だ。まさか妻にそんなものを用意されるなんて……。


 完膚なきまで自由を奪われた気がする。ああ、結婚は地獄だ。

「ははっ……」

 乾いた笑いしか出てこない。


 一旦、隣室を出る。


「それにしても、あなた様、なぜ四卿の令息、がここに?」

 穏やかだったティーレの声が急に険しくなった。


 嫌な予感しかない。


「あの、えーと、実は……」


 言い淀んでいると、内務卿が割り込んできた。

「ティレシミール王女殿下、実はですな、ここだけの話…………」

 二人で何やら内緒話をしている。


 いつもなら聴覚強化で盗み聞きしているところだが、今回は知りたくないのでやめた。世の中知らないほうが幸せなこともある。心の平穏は大事。


 現実から目を背けている間も、内緒話は続いた。そして最後に思わぬ展開が……。


「そうですね。そういう考え方もありますね。いいでしょう、許します」


「ご英断、ありがたく存じます」


 何が、どう許されたのだろう。


 内務卿が四卿の令嬢たちに視線を投げかけると、彼女たちは誇らしげに胸を張っていた。


 意味がわからない。

 あとで何が許されたのか聞こう。


 そんなことを考えていたら、ティーレがこっちにやってきて、

「あなた様、お話しが」

 と、耳を引っぱり問題の隣室へ連れ込まれる。


「痛てててッ! いきなり何するんだ」


「そんなことより、あなた様、いくつか質問があります。いいですか?」


「かまわないけど。質問ってなんだい?」


 それからクドクドと五人の妻を愛しているか、家庭を大事にするか、などなど尋問じみた質問を投げかけられた。そして最後にこう締めくくる。

「四卿の令嬢は、どれも何代も続く忠臣の家系。加えて侯爵家と由緒ゆいしょ正しい血筋です。育ちの知れぬ、下心ある成り上がりよりは信頼できます」


 だからなんだろう? 俺も成り上がりなんだけどな……。


 考え込んでいる俺が、ティーレには理解できていないように映ったのだろう。さらに言葉をつづける。



「それって……」



「いや、ちょっと待ってくれ。俺にはティーレやカーラ、マリン、ホエルン、アルシエラ。五人も奥さんがいるじゃないか。そこへ妾なんて……」


 ……俺の体がもたない。


「嬉しいお言葉ですが、あなた様も王族の一員。王家と血の繋がりのない遠戚えんせきではありますが、つまらぬ女と関係を持たれては困るのです。それに、私たち全員が懐妊した場合――十月十日が重なった場合のことがあります」


 考え過ぎだろう。いくらなんでも俺、そこまで体力もたないぞ。


「所用で王都を離れることも無いとは言いきれませんし、ここは大事をとって妾を設けるべきと考えたのですが」


「待ってくれ。それだと俺の浮気が前提じゃないか! いくらなんでも五人を裏切る気なんて無いぞ!」


「それは重々承知しています。ですが、あなた様の警護が手薄になった隙に、泥棒猫があらわれる可能性も捨てきれません」


 警護が手薄って、誰が警護してるんだよ!


 そもそも、そういう展開にならないよう妻にしかナノマシンを譲渡しなかったのに、俺の苦労はどうなるんだ?!


 相棒に助けを求めることにした。精霊様ならなんとかしてくれるだろう。

【フェムト、ティーレを説得してやってくれ】


――サンプルが不足しているので最適解が導き出せません――


【おまっ……逃げたな!】


――別によろしいのでは? 英雄色好むとことわざにもありますし、ティーレたちにちゃんと愛情を注いでいれば、悪い結果にはならないでしょう――


 まかさこんな羽目になるとは……。


 今一度、説得を試みる。

「別に急いで決めることじゃないと思うんだけど。ほら、こういう大切なことってカーラたちとも相談しなきゃ。そのうえで答えを出そう。ねっ」


「あなた様の言い分はごもっとも、ですが城にいる近衛たちが良からぬことを話しているのを耳にしました。先手を打たねばなりません。この件に関しては姉上も懸念しているので、問題ないと思います」


「でもさ、いきなりお妾さんOKは短絡たんらく過ぎないか? ここは慎重に」


 まっとうな意見を口にしたつもりだが、なぜかティーレは怪訝な顔。

「変ですね。いつものあなた様ならば、そこまでかたくなに否定しないはず。もしや、すでに近衛の者と関係をもっている、などということはないでしょうね?」

 口調は優しいものの目つきが鋭い。


 完全に疑われている!

 これ以上はヤバイと思い、妥協した。


「ご理解ありがとうございます、あなた様」


「……はい」


 それから、お妾さんルールが制定される。

 内容はこうだ。


 一つ、妻と夜をともにする日は、お妾さんとの夜遊びは禁止。

 二つ、お妾さんとの〝にゃんにゃん〟は妻に報告すべし。

 三つ、お妾さん以外と〝にゃんにゃん〟したら、即座に


 何をのかは明確にされていないが、股間のあたりがムズムズする。

 ルールを破らないようにしよう。違反しそうになった場合は、フェムトに最優先で警告させるよう設定した。


 なんとも肝の冷える話をしてから、その日は隣室でティーレと〝にゃんにゃん〟した。


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