第292話 リクルート②
面接当日。
王城にある一室を借りて面接をしたのだが、やって来たのは意外な人物だった。
俺が治療した王城に囚われていた人たちである。
まず部屋に入ってきたのは、杖を突いたふっくらとした男だ。
「先生、ご無沙汰しております」
名前はベリーニ・ガズラエル。治療の公平性のため、身分についてはあえて聞いていない。今日、初めて知らされた。
身分の高い人たちと聞かされていたが、まさか内務卿だったとは……。彼を筆頭に応募者が次々とあらわれる。
内務卿に復帰したベリーニに続くのはどれも俺が治療した患者ばかり、財務卿と四卿の令息・令嬢だ。その数、十名。
王城に囚われていた人たちだけあって身分が高い。それも四卿という国家の重鎮ばかり。
そういう大物たちも助けたが、まさかこぞってやって来るとは……。
「名乗られることなく去られたので、探すのに手間取りました。いつぞやのお礼がまだですので、この場で……」
一同を代表して最年長の財務卿ロギンス・カーライルが頭を下げると、同伴した人たちもそれに
「お気になさらず。……どうか、お顔を上げてください。ベリーニ様もロギンズ様も国家の重鎮、お助けするのは当然のことです」
「スレイド侯、そうは言われますが、侯の去られたあとに招いた錬金術師や教会の癒やし手どもは、我らを治してもいないのに多額の謝礼を求めてきましたぞ。あのような手合いに比べれば、至極当然の挨拶といえるでしょう」
「まあ、彼らには生活がありますし、医療はお金のかかるものですから」
「であればなおのこと、侯には是が非でも謝礼を受け取ってもらわねば。騎士たちから聞きましたぞ。星方教会の枢機卿ですら
貴族風のやりとりをしていたら、苛立った様子の娘が割り込んできた。
「ベリーニ様、ロギンス様、失礼します」
話にのぼった軍務卿の娘だ。たしかこっちは姉のほうで、名前は……メルフィナ。メルフィナ・バーンスタインだったっけ。目を治した女性だ。
腰まであろう長い黒髪を肩の辺りで束ね、性格のキツそうな銀色のツリ目。治療していたときは淑女だったのに、治ったらこれか……軍務卿の血筋らしい性格だ。
「……スレイド侯、助けて頂いたのは妹だけではありません。私も助けて頂きました。侯のお陰でこの通り、以前と変わらぬ肉体を取り戻せました。聞けば、手足となる家臣を探しているとのこと。よろしければ我らを臣下の末席に」
軍務に携わるに相応しいストレートな物言いだ。貴族風なやりとりが苦手なので、この流れは助かる。
「それはできない。国家の重鎮を俺の下に置けばどうなるか、考えるまでもないだろう」
「……アデル陛下の立場がない。もしくは叛意を抱いていると疑われる。そう仰りたいのですかな?」
政界の大物だけあって、ベリーニの回答は速い。その通りだ。それに敵対派閥のこともある、あまり目立ちたくはない。
「侯もいろいろと問題がおありのご様子。こういうのはいかがでしょう? 要職にあるワシらではなく、その息子、娘にまわりのことを任せてみては」
ビッグネーム以外の採用か。問題無さそうに言っているけど、それはどうだろう? 要職にある四卿の子弟と繋がっているんだ、あまり変わらないと思うけどな。
「申し出はありがたいのですが……派閥問題もありまして」
買爵貴族の革新派、才能至上主義の王道派との衝突を話すと、
「マスハスの小娘ごときがッ!」
温厚に思えたベリーニが吠えた。
「少しばかり貴族院で優秀な成績を修めたからといって、あのような小物が派閥の長に収まっているとは……世も末よ。フンッ!」
物静かなロギンスも怒っているのか鼻を鳴らす。
「スレイド侯が悩む必要はございませんぞ。ワシがあの小娘の鼻っ柱をへし折ってやりましょう」
「私も手伝おう」
四卿の二人はそう言ってくれるが、相手は徒党を組んだ派閥。こっちは大物貴族とはいえ二人、数が少なすぎる。勝負にならない。
「お気持ちだけいただいておきます。それよりも、せっかく来られたのですから治療の経過を教えてください。あれから怪我の具合はどうなっていますか?」
一人ずつ尋ねる。
「ワシはもう完治しております。牢に繋がれていたので足腰は弱っていましたが、もう杖は必要ありません。このとおり、いたって快調」
「折られていた左手の指は?」
「問題なく動きます。これも先生――いや、スレイド侯のお陰です」
「当然のことをしたまでです。拷問にあっても王家の隠し部屋について口を割らなかったとお聞きしています。忠義を貫き通したのですから報われねばなりません。俺はそう思います」
「実に謙虚で誠実な方だ。息子たちとは大違いだ」
「父上!」
「親父!」
典型的なイケメンとチャラ男の息子二人。八人いたなかで生き残った末の兄弟だという。彼らもまた過酷な拷問を受けていた。
男として非常に気になるアレを治療したので、術後の経過を詳しく聞きたい。
「で、二人ともどうなんだ?」
「切られた腱は完治しています」
「手足は問題ないぜ」
「そうじゃなくてだな。アレだよ」
「アレ? ああ、アレですね。問題ありません」
「試し撃ちしたから間違いないぜ」
「よかったな。いくら命が助かっても男の尊厳を失ってちゃ生きている意味ないしな」
「本当に仰るとおりです」
「違いねぇ」
次に財務卿なのだが、彼は片眼を失っていた。復元手術に踏み切りたかったが、マリンの目を治すときに、フェムトからデリケートな部分だと説明を受けている。だから、専門家である宇宙軍の仲間――施療院を運営しているマッシモさんに任せている。
「目のほうも順調です。マッシモ医師が言うには、移植した眼球が適合するまで時間がかかるとのこと」
「痛みや不快感、おかしな点はありませんか?」
「あの医師と同じ事を聞かれますな。特にはありません。徐々にではありますが快方に向かっていますよ」
「それはよかった」
それから財務卿の息子、脊髄を治療した財務卿の姪。喉を治療した外務卿の娘。目を治療した軍務卿の娘メルフィナ、瀕死だったその妹イレニア、体力的に不安だったその末弟と続いた。
治療が成功していたことを知り、ほっと安堵していると、なぜか内務卿と財務卿を除いた全員を採用するという流れになっていた。
「えっ、あのう、俺そんなこと一言も言ってませんが」
「任せてくだされ。細君のほうはワシらが説得致しますので、何も問題はありません」
国政に携わっていただけあって言葉巧みだ。まんまと乗せられた感はあるが、悪意はないようだし任せておこう。
それに優秀な人材が一気に増えたのはありがたい。
敵対派閥の件は心配だが、ことあるごとに俺の揚げ足を取る連中だ。どのみち別件でも噛みついてくるだろう。
いまは頼もしい味方が増えたことを喜ぼう。これで俺の負担も減るはず。うまくいけば寝不足になった睡眠時間を補える。
明るい未来に足取りが軽い。
スキップしたい気持ちを抑えて、新人さんたちを執務室へ招いた。
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