第291話 リクルート①



 王都攻めで頑張ったのに、貴族として昇格はなかった。

 それどころか元帥の地位を奪われる始末。


 もらえた北の領地も元は俺が開発した土地だし、労力に対して、あまりにも見返りが少なすぎる。

 それもこれも敵対派閥の連中のせいだ! あいつらが邪魔しなければ……おっと、これだと俺のほうが欲の皮の突っ張った悪党だ。自重しよう。


 それはさておき、五人の妻とこれから生活をしていくのだが……。

 世の男性が理想とするハーレム状態である。嬉しいことなのに、なぜか気が滅入る。


 そう、現実は甘くない。

 妻たちはことあるごとに優劣を競い合って、毎回それに巻き込まれるのだ。


「誰がなんと言おうと正妻は私です。初めて会ったその日に契りを結びましたッ!」と青みを帯びた銀髪のティーレ。


「待ってください。親族が認めた順番なら私が一番です!」金眼を光らせる黒髪おさげのマリン。


「付き合いの長さ、出会いのはやさで考えるなら私よ」鬼教官は鼻眼鏡の位置を指で直し、ブリックカラーのポニーテールを踊らせている。


「妻になれただけで幸せだ。正妻の座は……気長に待つ」泣き黒子を撫でるように涙ぐんだ目元を拭う、赤味を帯びた銀髪美女カーラ。


「私は妻に加えてくれただけで十分です。チャンスがあれば正妻の座も狙いますが」と、この間まで男を演じていた栗毛のイケメン元帥アルベルト。


 アルベルト・カナベル元帥については、いろいろとややこしい手続きを踏んで、現在はアルシエラ・カナベルを名乗っている。


 一気に五人の奥さんができたわけで、新婚ホヤホヤなのに大家族。優雅に新婚生活を満喫したくてもできない複雑な心境だ。


 夢にまで見た、イチャラブはたったの一週間で終わった。


 ここから先は過酷な新婚生活の幕開けだ。修羅場といってもいい。宇宙軍のブートキャンプが霞むほどである。

 ちなみに、俺の一日は妻たちにシフトを組まれている。それも二四時間年中無休で。


 妻たちと過ごす日常は重労働だ。王族・貴族としての日々の業務に加えて、別枠の深夜残業も組み込まれている。休日どころか有給もなく、俺に安息の時は無い。

 超のつく過酷な労働環境だ。宇宙のどこを探してもこんなブラック企業は存在しないだろう。


「あなた様、お昼から私と王族の庭ロイヤルガーデンへ行きませんか?」

「ラスティ様、朝の執務が終わったら城下へ見まわりにいきましょう」

「パパ、あとで訓練の見学に来ない」

「おまえ様よ。昼からは書類仕事を手伝おうか」

「スレイド侯、用兵の指導などいかがでしょうか?」


 このように、仕事中にもお誘いが来る始末。

 一人になろうと鍵のかかった部屋に籠もるも、抜け目のない妻たちは合鍵をつくっていた。それもみんな仲良くだ。

 プライベート空間の風呂にも容赦なく突撃してきて、なぜか妻たちの不戦協定が結ばれている午前中にも視線を感じる始末。


 俺の自由は、いまやトイレのなかだけだ。宇宙古代史の片隅にある〝便所飯〟という単語が脳裏をよぎる。あれは組織階級カーストの最底辺だと記憶している。


 結婚してまだ半年もたっていないのに……。

 結婚は墓場ではなかった、地獄だ。


 余談ではあるが、第三王女ルセリアと結婚したリブも不遇らしい。

 リブとはたまに王城で顔を合わせるが、日を追うごとにげっそりしてくのがわかる。


「リブ、おまえせたな」


「ラスティこそ、痩せたな。目の下に隈までできてるじゃないか。やっぱアレか、夜の生活がハードなのか?」


「おまえはどうなんだよ」


「まあ普通かな。疑り深いところもあるけど、いまのところラブラブだぜ」


 そう言って親指を立てる同僚だが、若さが抜け落ちている気がした。なんというか、ふぅとか、はぁとか、ため息が増えた気がする。


 俺も同じようなことになっているのだろうか?


 心配になり、鏡を見る。

「あっ!」


 思っていた以上に頬が痩けていた。そういえば以前より身体が軽くなったような……。あと、よく腰をトントンしているな。マズイッ、疲労が蓄積しているッ!


 夜の生活は別として、昼の生活――貴族としての仕事を効率化せねば! じゃないと過労死する!


 かねてよりの懸念、人材不足の解決に力を入れることにした。

 仲良くなった近衛の人たちに紹介してもらうよう頼み込む。


 日頃からスイーツや試食で手懐けていたので、彼ら、彼女らは友好的だ。

 そういった日々の努力が実を結び、情報通の女性騎士がいい話を持ってきてくれた。

「能力、人格ともに申し分無いのですが、良からぬ噂のあるでしたら……」


 このとき、女性騎士の言葉をしっかりと聞いていれば問題は起こらなかっただろう。そう彼女は、噂のある人、噂のある者、ではなく噂のあると言ったのだ。これが何を意味するか、その時の俺はあまり深く考えずそのの紹介を頼んでしまった。


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