第288話 スパゲティコード②
◆◆◆ ホエルン視点 ◆◆◆
私ことホエルン・フォーシュルンドには誇りがある。
佐官になってから、一度も対人戦闘で負けたことはない。ついた渾名は常勝無敗!
身体的能力では男に負けるものの、血の滲むような努力と
そしていま、未知の戦場に挑もうとしている。
そう、夫との初夜である。
ラスティ・スレイド訓練生は、教え子のなかでは上からかぞえる本命枠の一人。いわゆる推し! 一応、気に入った訓練生にはツバをつけているが、なぜかそういった相手からは見向きされなかった。
おそらく、戦場で死なないよう鍛えすぎたのだろう。
私が担当したのはどれも最前線行きが確定した優秀な訓練生ばかり。凡百の少尉を育てるのではない。選りすぐりのエリートだ。
当然、指導にも力が入ってしまう。その結果、過剰な教育となってしまった。
でもこれは彼らに生き残ってほしいからだ。その真実を言えない立場にあったがゆえに誤解を生み、私は鬼教官と恐れられた。
士官学校で慕われる軽薄な教官よりも、嫌われる情のある教官を選んだつもりだ。
鬼教官という悪名も我慢してきた。報われない日々を送ってきた……。
教え子との出会いに諦めがついてから数年。彼と再会した。
努力が実った瞬間! これを運命と言わずして、なんと言うかッ!
女として滾らないほうがおかしいッ!
惑星地球にある格言を思い出す。「据え膳食わぬは女の恥」まさにそれだッ!
踏み入るは禁断の領域! 背徳と不浄の渦巻くピンク色の世界!
戦いの舞台――ベッドにのぼる。
「ね、ねえパパ。私のこと、本当はどう思っているの?」
女性らしい声音で尋ねるも、かつての教え子の表情は硬い。
カチンコチンね、緊張しているのかしら? まあ訓練生時代のことを振り返ると仕方のないことだけど……。
やっぱり上官と部下って関係を意識して、従っているだけなのかしら? ちょっと悲しいな……。
「教官のことはハッキリ言って苦手です」
ストレートに言われた。実に悲しいことだ。
独りよがりの情熱が冷めていくのがわかった。
「……だけど」
「だけど? 何?」
「初めてお会いしたとき綺麗な人だなって思いました。あとで知ったんですけど、俺の所属していた精兵部隊〈ゴースト〉で昔、指揮官をやっていたと」
「ええ、そうよ」
隠しようのない事実だ。私は彼の所属していた部隊の大先輩にあたる。
しかし、それがどうしたというのだろう?
「あとで部隊の先輩に聞きました。多くの先輩がホエルン教官に育てられたと」
「……みんな私のことを嫌っていたでしょう」
「そんなことありませんッ! 教官の指導を受けた先輩たちは優秀で、死亡率も低く……それにみんな感謝していました。俺も……その、尊敬しています」
軍人としては素晴らしい、だけど女性としてはどうだろう?
幼児退行していた私に良くしてくれたのは、軍人としての能力を買っての行動かもしれない。
いや、それはないか。
心根の優しい教え子だ。私が傷つかないよう気遣ってくれるのだろう。だけど、その優しさが痛い。
「あの、俺、教官のこと好きです」
「別に、無理しなくてもいいわよ。それに私、あなたより年上よ。もう三〇のおばさんなんだから」
「歳とか関係ありません! ホエルンが好きですッ! ああもうっ、ちがうんだ。教官と教え子とかじゃなくて、嫌われるのを覚悟して俺を育ててくれた教官が好きですッ! 本音を隠して厳しくしてくれた、あなたが好きなんだッ!」
凄まじい破壊力だ。一瞬、クラッときた。
格闘戦でコンボをモロに食らった感じ。それくらいハートにきた。
「…………」
「ホエルンッ!」
突然、パパが襲いかかってきた。
「ちょっ、待ちなさいスレイド訓練生!」
嬉しいシチュエーションだったけど、無意識に手が出た。
◇◇◇
いったんクールタイムを挟んで再開。
夫――かつての教え子と
経験はないけど自信はある。そういったことの書かれている女性誌は網羅している。BLなるデジタルアートも完璧に補完している。大人の恋愛は、すでに
スレイド訓練生には悪いけど、この勝負勝たせてもらうわ。大人の色気でメロメロにして、骨抜きにしてあげましょう。めくるめく快楽の楽園にパパを
無意識に上唇を舐めていた。いけない、本性がダダ漏れね。ここは慎重にっと。
「あ、あのう、もういいですか」
「スレイド訓練生、考えごとをしてるからちょっと待ってて」
「は、はい」
ベッドの上で正座する教え子。彼はさっきからそっぽを向いて、視線を宙に泳がせている。
そういう女性が嫌いってことは無いと思うけど……。
確認のため、パンツを脱いで投げ捨てる。
教え子の視線が、飛んでいったパンツを捉える。
どうやらガン見しているらしい。
手応えを感じた。
次に、ブラを投げ捨ていると、今度は頬を赤らめる動作が加わった。
隠しているようだけど、横目で私を捉えている。
勝機!
念を入れて、脳内で寝技、組み技、関節技のおさらいをしてから勝負に挑むことにした。
得意分野で負けては話にならない。何度も何度もシミュレートする。
この勝負、勝てる!
準備もととのったので、ラスティ・スレイド訓練生の制圧にかかる。
「明るいのが嫌なら消してもいいわよ」
「さすがに全部は……。ランプを一つだけ、光量を弱めて残しておきましょう」
完全なる闇にしないのは雰囲気づくりか? それとも何か企みがあるからだろうか? 月明かりの差し込むこの部屋なら、AIに命令すれば相手を視認できる。あえてランプを一つ残した意図を知りたい。
「ここから先は、お互いにAIとナノマシン無しで……」
そういうことか……すべて理解した。彼は二つ名の由来となった〝アイキ〟の技で私をねじ伏せるつもりだ。AIとナノマシンの助けを借りることなく、実力で勝負するつもりだッ!
それでこそ私の愛するパパッ! ねじ伏せられたいッ!
軍人としての矜持と女の本音。二律背反する考えがせめぎ合う。僅差で勝ったのは矜持。悪いけど全力で行かせてもらうわ!
ゴング代わりのキスを皮切りに、私は果敢に攻めた。
連邦の精鋭である
夫を押し倒して、自由を奪う。そうして優しく愛しながら、勝負を挑む!
「ホ、ホエルン。格闘技の授業じゃないぞッ!」
「わかっているわ。だけど初戦は大事。圧勝しなくっちゃ」
手を休めることなく攻めつづける。
「ちょっ、ホエルン、それっ…………らめぇ~」
序盤は制した。あとは本番のみ。
優位を保ちながら、
そう、勝ち筋は見えていた。それなのに…………。
嘘ッ! VRと全然ちがうッ! こんなの知らないッ!
「ちょっと待って!」
「無理ですッ!」
現実とVRのちがいを、身をもって経験した。
◇◇◇
「私、もう駄目…………これ以上は無理」
私の数少ない自慢、常勝不敗の名は今日をもって終わりを告げた。
立て続けに三連敗したのだ。
反撃する気力も失い、ぐったりしていると、彼は私の腰をがっちり掴んだ。その意図は考えるまでもない。
「えっ、まだするのッ!」
「教官……いやホエルンッ! 今日の俺、抑えが効かないんです。昨日マリンとできなかったから、だから許してくださいッ」
許す許さないの問題ではない。
死力を尽くした戦闘のあとだ。体力はすっからかん。おまけに足腰に力が入らない。腕の力を頼りに、夫に向き直るのがやっとの有様だ。その状態で連戦を提示してくるのだから、たまったものではない。鬼だ。
「スレイド訓練生。続きは次の機会にしない。明日はカーラの番だし、余力を残しておかないと」
「余力とかどうでもいいです。教官を見ていたら。俺、俺ッ…………」
溢れ出す教え子の情熱!
「本当にもう駄目だから。駄目だって言ってるのにぃーーー。…………ん”~~~~、ん”~~~~駄目駄目駄目ッ、もう無理ッ! 降参よ降参。だからもう……むぐっ!」
彼の追撃戦は鮮やかだった。
和平交渉の使者をキスで蹴散らし、ぐいぐい攻めてくる。ここまでくると蹂躙に近い。いや、この場合は殲滅か。
各所で優位が崩されていく。次々と落とされる私の拠点。
かつてない敗北に、軍人としての矜持は真っ二つにへし折られた。
だが、それが良いッ!
愛する人に滅茶苦茶にされる。それこそが、私の求めていた……。
駄目だ。プライドが許せない。教え子に負けるなど絶対にあってはならない!
今後の結婚生活を考えるならば、せめて判定負けくらいに持ち込まないと。
「駄目ッ、これ以上は本当に無理なんだからッ」
「ホエルン、愛してる」
狡いッ! でもアリかもッ♪
抵抗虚しく、私は敗北した。
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