第287話 スパゲティコード①


 Spaghetti Code(スパゲティ・コード) もしくはSpaghetti Program(スパゲティ・プログラム)。

 複雑に入り組んだコンピュータプログラムの状態を示す業界用語。



◆◆◆ ティーレ視点 ◆◆◆


 婚姻まで道のりは、それはもう大変でした。

 多くの邪魔が入りました。

 いままでずっと〝にゃんにゃん〟を我慢してきました。イチャイチャもです。我慢の連続でした。

 言葉では言い表せないほど険しい道のり。ですが、私耐えました!


 これほど一つのことに力を注いだのは初めてです。努力は報われねばなりません! 頑張ったご褒美が必要です!


 ですから私、ラスティとの初めては気合を入れて臨みました! なんといっても正妻ッ!

 権力、実績、わがまま、泣き落とし、あらゆる手段を駆使して一番目の初夜をゲットしました!


 ええ、王女らしからぬこともしました。姉上から、そこまでするか、と引かれました。ですが自分のとった行動に一片の悔いもありません!


 そうして迎えた初めての夜。

 驚愕の事実を知りました。

 初めて見る夫のたくましい裸体ではありません。

 夫――ラスティもまた、私と同様に初めてだったのです!


 お互いに初めてッ!! 運命を感じましたッ!!!


 嬉しさのあまり、危うく鼻血を出すところでした。ですが、そこは私。気合と根性で耐えましたッ!


 口元を手で覆い、涎が垂れていないか確認します。


 準備万端。あとはラスティだけなのですが……。


 夫は想像を絶する愛で私を包み込んでくれました。

 初めてなのに、年下の私をリードしようと試みたのです! この上ない愛を感じました。


 ですが喜んでばかりもいられません。悲しいことに、なかなか上手くいきません。

 すべてにおいて優秀なラスティにも苦手なことがあったのです。それについて責めるつもりはありません。むしろご褒美です!


 頬を赤らめ困り顔のラスティに胸が高鳴ります。


 ああ、はやく私をお抱き下さいッ! 焦れったいです。……ですが、それが良いのですッ!


 それから、初めての洗礼である痛みを伴いながら、愛を育みました。

 ラスティが最後に見せてくれた切なそうな顔。思い出すだけも胸がキュンってなります。


 初めてを終えると、彼は何度も私の髪を撫でながら、こう言いました。

「愛してるよティーレ」

「好きだよ」

「俺の可愛いお嫁さん」

 その愛情の深さたるや、終わったばかりなのに危うく襲いかかろうとしたくらいです。


 ともあれ、名実ともに正妻であることを誇示できました。


 私の正妻計画はまだ始まったばかりです。再度挑戦して満点をとりたかったのですが、記念すべき初めて。今回はこれくらいで許してあげましょう。


 美談だけでは記憶に残りにくいもの。ですから苦い思い出も必要。つたなかった過去も、いずれ輝かしい夫婦の歴史となるでしょう。


 そう、私とラスティの美しい歴史としてッ!


 ついはしゃぎすぎてしまいましたが、浮かれてばかりもいられません。

 これからは正妻の座を死守せねばッ!



◆◆◆ マリン視点 ◆◆◆



 マリン・ギゼラ・ガーゼルバッハ、一生の不覚! 

 親愛なるラスティ様と添い遂げられると思っていたのに……。誤算でした。

 まさか〝にゃんにゃん〟があれほど激痛を伴う行為だったとはッ!


「ラスティ様、無理ですッ! 痛いですぅッ!」


「ごめんマリン!」


 あれほど心待ちにした〝おせっせ〟は、地獄のような激痛でした。


「えっぐ、ひっぐ……」


「ごめんね。痛かったね。ホントごめん」


 悪いのは私です。妻でありながら夫と添い遂げることができませんでした。

 ですが、優しいラスティ様は頭を撫でて慰めてくれます。


「ずびま”ぜん、ラズディ様……」

 泣きじゃくりながら謝ることしかできません。


 こんな私ですが、夫は優しい声音で許してくれます。

「こっちこそごめん。マリンにはまだはやかったみたいだ。独りよがりなことをして本当にごめん。怖かったね。よしよし」


 身体に腕をまわしてきて、ぎゅって抱きしめてくれます。何度も頭を撫でてくれました。

「つ、次こそは……」


「焦らなくてもいいから、ゆっくりいこう。今日のことはみんなには内緒にしておくから、ね」


 心なしか落胆しているように聞こえました。ですからつい……。

「ラスティ様、私を見捨てないで下さい」

 と、すがりついてしまったのです。


「…………」


「…………」


 それからしばらく、お互いに何も言葉が出ませんでした。でも、大きな手がずっと頭を撫でつづけてくれます。

 ……何も言ってくれないラスティ様が、かえって怖くて、


「……あのう、ラスティ様」


「なんだいマリン」


「私は魅力のない女なのでしょうか?」


「そんなことないよ。ただ、ちょっとはやすぎただけだ。マリンの場合は心も体も、まだ大人になりきっていないみたいだからね」


「お言葉ですが、もう成人の儀は終えています。私は立派な大人ですッ! 〝おせっせ〟だってできますッ! 今回はたまたま覚悟が足りなかっただけで、次こそは必ずや成功させてみせます!」


「無理して背伸びしなくてもいいんだ。マリンのペースでゆっくり大人になろう」


「……私はもう大人です」


「そうだね。だけど、まだ若い大人だ」


「狡いです。私とティーレは二歳しかちがいません」


「そ、そうだとしても、俺は立派な大人になったマリンのほうがいいな」


「ラスティ様、なんか誤魔化そうとしていませんか?」


「そ、そんなことはないぞ!」


「……本当ですか?」


「本当だとも。第一、マリンの痛がるところは見たくないからね」


「ですが女性なら一度は通る道なのでしょう」


「らしいけどさ、痛がり方が……ね」


「…………」


 正論を出されては引き下がるしかありません。しかし、あの脚の付け根から引き裂かれるような痛みは無理です。

 敗北です……。


「どうすればいいのでしょうか?」


「少しずつ慣らしていこう」


 納得できませんでしたが、ラスティ様は強引に大人のキスをしてきて…………。


 詰まるところ、でも負けたのです。


 私如きが、ラスティ様と太刀打ちするなど、まだはやいということですか……。


〝おせっせ〟未達成は手痛い失敗でしたが、それ以外にも大人な愛し方があると知りました。


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