第289話 スパゲティコード③



◆◆◆ カーラ視点 ◆◆◆


 気合を入れて身体を清めたオレは、ベッドの上で夫を待った。


 ラスティはこれまでのことを許してくれると言っているが、オレの気はすまない。だから、最後に誠心誠意の謝罪をするつもりだ。


 かなりの時間が経ってから、ラスティが寝室にやってきた。

「カ、カーラ。なんで裸なんだ!」


「やっと来たか、おまえ様、まあここに座れ」


「あっ、うん」


 また命令口調で言ってしまった……。いけない癖だ。今後は徹頭徹尾、妻という立場を意識して夫に臨もう。


 夫が対面に座る。


「いままで本当にすまなかった。謝る、この通りだ」

 気持ちを込めて、頭を下げる。


「そういうのは、もういいって言っただろう」


「わかっている。オレなりのケジメだ。これで最後にする。だから謝罪を受け取ってくれ」


「そう言われちゃあなぁ」


 なんとも罰の悪そうな顔で、ラスティは頭の後ろを掻いた。

 残っていたわだかまりを拭い去る。そこでラスティの異変に気づいた。


「おまえ様、目の下に隈ができているぞ。ちゃんと睡眠はとっているのか?」


「ここのところ祝いの席で大変だったから、あまり寝てないんだ」


「大変だッ! 今日ははやく寝ろ」


「えっ、でも今日はカーラと初めての夜なんじゃ」


「そんなことはどうでもいい。おまえ様の身体のほうが大事だ」

 本心から出た言葉だ。当然のことを言っただけなのに、なぜかラスティは感極まったような顔をした。ん? なぜだ?


「俺のことを気遣ってくれてるんだな。ありがとう、嬉しい」


「あ、ああ」


 混乱した。なぜ感謝の言葉を言われるのだ? ラスティは名実ともにベルーガの功臣。それも多大な功績を収めた国家の重鎮だ。身体をいたわって当然だろう。


「ティーレにも聞いたけど、結婚して初めての夜は大切なんだろう」


「あ、ああ、大切だ。夫婦で踏み出す記念すべき第一歩だからな」


「その……いまさら聞くのもなんだけどさ。俺でよければだけど……大切な日の思い出を残したいなって…………いや、カーラが嫌ならいいんだ」


「そんなことはないぞ。お情けで婚姻してくれただけでも十分だ」


「ちょっと待ってくれ。俺はお情けで、カーラと結婚したつもりはない!」

 夫が、俺の肩を力強く掴み揺さぶってくる。


 あ、愛されて……いるのか?


「本当にオレでいいのか? 貴族たちから行き後れと言われてるんだぞ」


「行き後れ? 悪い冗談だろう。カーラってまだ二〇代前半だろう。十分若いじゃん」


 そういえば、前も同じようなことを言っていたな。

 オレとしたことが、ラスティの素性をすっかり忘れていた。この大陸の外から来たと言っていた。まさか、ここまで世間知らずだったとは……。いや、もしかしていままでの仕返しか? まあいい、これを機にベルーガの常識を教えてやろう。


「…………ベルーガに限らず、この大陸では二二歳を越えたら行き遅れだ」


「嘘だろそれ、貴族ってみんな馬鹿なのか?」


「馬鹿ではない……と思う。そういう習わしなのだ」


「だとしても馬鹿に変わりないだろう。だって、こんな美人のことを行き後れとか……理解できないなぁ。カーラって普通に絶世の美女だろう」


 ぜ、ぜぜ、絶世の美女ッ!


 言葉の暴力に、一瞬意識を失ってしまった。


 オレが絶世の美女? というか普通にってなんだ!?

 それこそありえないことだ。目つきも悪いし、愛想もない。男言葉だし独善的で、自己主張が激しい。男に嫌われる要素がてんこ盛りだ。それを絶世の美女だと?


 そういえば前にもそのようなを言われたな。力をつかって心を覗いたときか……。あの場だけだと思っていたが、まさか本当だったとは……。

 理解に苦しむ。


「目つきがちょっと悪い気もするけど、それは眼鏡をかけていたからだろうし。誰彼かまわず愛嬌を振りまくタイプじゃないのも知っている。男口調は、別に気にしてないし。独善的で自己主張が激しいけど、自分よがりな考えじゃない。王族として国のためを思っての考えなんだろう」


 グサグサと胸に刺さることを言う。しかし、国のためにと受け取ってくれる男性は初めてだ。好感が持てる。いや、すでに好感を持つどころか愛してしまっているのだが……。


 気がつくと俯いていた。膝に載せた手がいつのまにか握られている。


 オレはどうしてしまったんだ?


 顔をあげると複雑な表情をしたラスティがいた。


 騙されたのか?


「カーラ、顔色が悪いぞ」

 大きな手が迫ってくる。それは優しく頬に触れて、

「ん? もしかして」

 手の平が肩を撫でる。


「そんな格好でいるからだ、身体が冷えきっているじゃないか」


 そういえば寒いな。


「クチュン」

 くしゃみが出た。


「内風呂があるから、そこで温まろう。じゃないと風邪を引くぞ」


「あ、ああ」

 強引に肩を抱かれて、隣室にある内風呂へ行く。


 夫が服を脱ぐ。

 なよなよした男だと思っていたが……体つきはワイルドだった。筋肉質で、引き締まった身体をしている。臀部もキュッと引き締まっており、だらけたところが見当たらない。不覚にもドキドキしてしまった。


「曇るから眼鏡は外そう」


「ちょっ、待てッ!」


「いいからいいから」


 強引に眼鏡を奪われた。硬く目を瞑る。


「オレの力については話しただろう。いいのか?」


「強く思った心の声が視えるんだろう」


「そうだ」


「別にかまわないよ。隠し事はしたくないし」


 父上や母上ですら敬遠する力だ。それをこの男は受け入れると言う。

 限定的とはいえ、心を覗かれるのだ。オレの力を知る者は例外なく距離をとり、視界に入るのを避けた。

 不気味がる者はいても、理解してくれる者はいなかった。誰からも背を向けられ、誰からも恐れられた。

 思えば孤独な半生だったと思う。そして、それはこの先もずっと続く。

 もし妹たちにこの力を知られたらどんな反応を示すだろうか? 考えるだけでも恐ろしい。


 そんな誰もが毛嫌いするオレを、ラスティは受け入れると言ってくれた。


 オレのすべてを受け入れてくれるという意味なのだろうか? いや、そんなことはあるまい。オレとて、心を覗かれるのは嫌だ。


「カーラはその力を国のためにつかっているんだよな。それは悪いことじゃない。君を嫌う連中は疚しい心があるんだ」


「そうだろうか……」


「一人くらい君のことを信じて、心を読ませてくれる人がいてもいいんじゃないかな」


「……いいのか? あれこれ質問攻めにするぞ」


「もう、されたし」


「…………やっぱり貴様、馬鹿だろう」


「かもしれない。否定はしないよ。さぁ、目を開けて」


 ゆっくりと瞼をあげる。

 愛していると言葉の洪水が流れこんできた。

 目頭が熱くなる。忘れて久しい幼少期のように声をあげて泣いた。


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