第283話 偽善



 王都の復興事業は部下たちに任せて、俺は王城開放のおり、助けた人たちの治療を続けていた。


 拷問という名の暴力を受けてなお、忠義を貫いた人たちだ。生命をおびやかされる状況からは脱したものの、過酷かこく拷問ごうもんにより失ったものは多い。それを治しているのだ。


 俺が担当しているのは重傷だった人たちだ。


 骨や指の治療、爪の再生。断裂した腱の手術は、東部を旅していた頃にロイド少年を手術した経験が役立った。おかげで、それといったアクシデントもなく手術できた。


 しかし、それ以外の怪我けがも酷い。


 目や喉、脊髄せきずいといったデリケートな部分は〈癒やしの業〉をつかうには事前に下調べが必要だ。処刑されたマキナの死体をバラして人体構造を理解した上で治療に臨んだ。


 死体は彼ら彼女らを拷問した連中とはいえ、倫理的に問題はあるだろう。しかし、そこは殺しても文句が出ない重罪人の死体ばかりを選別してある。


 特に目と脊髄は失敗が許されない箇所だ。死体をつかって練習を重ね、慎重に治療にあたった。


 魔石をいくつか消費して、七日ほどで全員の治療が終わった。


 何度か患者から名前を尋ねられたが、派閥問題のわずらわしさもあって、ただの医者と答えるに留めている。


「なぜ先生はそこまで素性を隠そうとなされるのですか?」


 内務卿を務めていたベリーニ侯爵が理由を尋ねてくる。利き手以外の骨をバッキバキに折られていた人だ。そこまでされて、隠し部屋の存在を隠し通していたのだから、頭が下がる。


「ドロドロとした世界が苦手でして……」


「誰も、先生を政治の場に引き込むつもりはありません。人には適材適所がありますからな」


 内務卿らしい蘊蓄うんちくだ。医師として迎えたいのだろうか?


「俺は家族を養えるだけの農場・牧場を経営して、のんびり暮らせれば、それだけで幸せなんです」


「欲は無いのですか?」


「周りの人によく聞かれます。自覚はないんですが、あまり欲が無いみたいですね。だからなんでしょうか、最近までろくに女性とつきあった経験がないんですよ」


「それは勿体ない。先生ほどの人格者であれば、貴族であれ平民であれ引く手あまたでしょう」


「そうならないのが人生ですよ。いつも自分のことで精一杯で、生きていくのがやっとです」


「それはいけませんな。よろしければ我が領に来られては? 農場と屋敷くらいは用意させてもらいます。気立ての良い貴族令嬢を紹介できるかもしれませんし」


「けっこうです」


 すでに東と北に領地があるので、これ以上住む家を増やしたくない。維持費がかさむだけだ。


 鈍い俺でもさすがにこの流れは読める。だから、あえて名乗っていない。ずるい気もしたが、正体を隠したまま消えるつもりだ。

 四卿なる重鎮が国政に参加するのはまだ先。

 いずれ王城で会うかも知れないが、直系の王族でない俺はさほど行事に顔を出さない。正体がバレるとしても先の話だろう。


 俺は軍人だ。民間人を助ける義務がある。当然のことをしたまでだ。


 要領が悪いなと思いながらも、全快して喜ぶ彼らを見て、これでよかったと確信する。


 そういう思惑もあって、彼らに別れは告げていない。

 見返りを求めない医者がいたのだ、という感じでうっすらと記憶に残るよう配慮している。


 ちいさな偽善に満足しながら、ちょっとは降りた肩の重荷に安堵した。


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