第282話 借金
東スレイド領から来た報告に、血の気が引いた。
オズマから送られてきた報告書に、赤字収支の結果が記されていたのだ。
なんでも王都へ運んでくれている支援物資は相場より安くしているらしく、そのせいで農業収入は赤字だという。支援物資に含まれる工芸品や魔道具も同様で、スレイド領の維持費が
慌てて王都のギルドを回り、特許料をスレイド領へ送った。念のため追加の資金も送金した。おかげで国からもらった給金はすっからかんだ。
追贈されたマロッツェ周辺の領地はどうなっているのだろうか……。
考えるだけで恐ろしい。
はやく手を打たないと借金
一度王城に戻り執務室に籠もる。
北スレイド領から届いている収支計算書と
追贈された領地の開拓、養っている兵士の給料、維持費…………etcetc。へそくりを全額ぶち込んでもぜんぜん足りない。
さてどうしたものか……。
執務室に籠もっていても名案が浮かばないので、気晴らしも兼ねて王城内を散歩する。
ほとほと困り果てていると、懐かしい顔を見つけた。
ロイさんだ!
「お久しぶりです」
「これはラスティさ……候爵様」
一瞬、明るい顔を見せてくれたロイさんだが、すぐに商人のそれに戻った。
なんというか気まずい。
「お互い見知った仲なので敬語はいいですよ」
「お気遣いは嬉しいのですが、ここは王城。守るべき
「……そうですね。ところで今日はどういったご用で?」
「カリンドゥラ王女殿下とエレナ宰相閣下にお話がありまして参りました」
あの二人が相手ということは、王都復興の資材発注だろう。
マキナの大将軍ダンケルクは
これらの再建にはかなりの費用がかかるらしく国庫はカツカツだ。
ゆえにカーラやティーレたちから借金することもできず、スレイド領の財政状況は苦しい。
ここで再会したのも何かの縁だ。ロイさんに支援してもらおう。
「でしたら俺も……」
こうしてカーラたちのいる応接室へ一緒に行ったのだが、そこにはティーレと末妹のルセリア殿下もいた。おまけのリブも一緒だ。
「なんだ、ラスティも呼ばれたのか?」
呼ばれた? 意味がわからない。どういうことだ。
俺の心を読んだようにティーレが説明する。
「あなた様、実は婚姻の儀の衣装を注文しようと」
戴冠の儀は? と問い返したかったが、嫌な気がしたのでやめた。
そういえば、軍の
幸い、過去に軍の式典に出席したときの映像がある。それを見本に新調しよう。
「俺とリブはいいよ。そういった服は自分たちで注文するから」
「だよな。もちろんアレだろう」
「そうアレ」
同じ部隊の仲間だけあって、リブは容易に察してくれた。
なぜかエレナ事務官だけが小難しい表情をしている。
「事務官はどういったデザインで?」
「悩んでいるのよ。一応、軍装も考えたけど、正式の場でしょう。帝国の式典用のドレスを仕立てたほうがいいのかしら?」
「エレナ事務官は政務方ですし、ドレスでも良いのでは? それに后になられるのなら相応しい逸品が必要かと」
「……そうね。それが無難ね」
うわの空で返される。
普段着ている服装からしてスカートはお嫌いらしい。現に、いま着ているのも男装に近い。ツェリとよく似たデザインの詰め襟の上掛けにズボンである。
そこで、はたと気づく。
こういうことに一番関心のありそうなアデル陛下がこの場にいないことを。
「ちなみに陛下のご意向は?」
「ああ、アデルはドレスがいいって言ってるけど。男女平等を掲げる私としては、従来の習慣には反対なの」
薄々そんな気はしていたけど、この人、女権主義者だ! 四人妻がいる身としては聞き捨てならぬ言葉である。なので遠回しに反対した。
「そうかもしれませんが、やはり晴れの舞台はドレスだと思います」
「歴史に残る晴れの舞台だから、ズボンで通したいんだけど」
「いえ、そういう意味ではありません。アデル陛下も、エレナ事務官のもっとも美しい瞬間を国民に知らしめたいのでしょう」
「…………妙に
なかなか鋭い。というか、なぜ味方を疑うんだ? 政務方だけあって裏を読みたがる。マズいぞ。
「深い意味はありませんよ。事務官にぞっこんの陛下からすれば、着飾っているほうが好ましいと思っただけです」
「……まあいいわ、そういうことにしておいてあげる」
強敵を退けてほっとしたところで、新手があらわれた。
カーラとティーレだ。
「おまえ様よ。弟の気持ちがわかるのであれば、オレたちの気持ちもわかっているだろう」
「そうです。あなた様の思う美しい衣装を是非とも選んでください」
そうきたかッ! くっ、誤算だ!
女性の衣装合わせは鬼門だ。俺の知る男友達は全員口を揃えて言っている、アパレル関係に近寄るべからずと。
この惑星に来るまで彼女いない歴=年齢だったので、自分には縁のない別世界の話だと思っていた。まさかその壁にぶち当たるとは!
彼女一人でも地獄のような表現をするのだ。二人だと……。
考えるのはやめよう。四人全員じゃないだけマシだと思うことにした。
「そ、そうだね。衣装選びは大事だ」
でもまあ、機嫌を良くした妻たちは気づいていないようだ。
ドレスを仕立てる話が終わると、用件は終わり。商談もお開きになった。
みんなが部屋を出て行くなか、俺はロイさんを引き留めて、
「実は頼みたいことがありまして……時間はよろしいでしょうか?」
「ええ、私はかまいませんよ。それで、ラスティさ……候爵様のお頼みとは?」
恥を忍んで借金をした。
大金貨一〇〇枚。利息は不要と言われたが、そこは俺である。ホランド商会に
「これで大口の顧客と取り引きしているという実績になります。あまりよろしくない取引相手――子爵や男爵が文句を言ってきてもそれを見せれば、後ろ盾があるとわかるでしょう」
「おもしろい発想ですな。是非とも有効活用させて頂きます」
「返済は来年以降になりますけど、それでもよろしいでしょうか?」
「ええ、かまいませんよ。私もそれくらいの時期から王都での商いに本腰を入れるつもりです」
とりあえずの金策は成功した。
はやくベルーガの経済を復興させねば!
やるべき仕事がまた一つ増えた。
しかしなんだ。片付けても片付けても仕事が増えるのはなぜだろう?
派閥問題、王都復興、婚姻、赤字経営、借金返済、解決が急がれることばかりのしかかってくる。
もしかして社畜の神様が降りてきたのか?
ああ、俺も退官した仲間たちのように、軍属を離れて自由になりたい。それが無理なら、せめて気楽な一兵卒に…………。
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