第281話 帝室令嬢プロデュース



 ホエルン大佐が襲われた一件で、派閥争いに新たな動きが生まれた。

 新派閥の立ち上げである。


 穏便に事を運ぼうとしていたエレナ事務官だったが、ついにその重い腰を上げたのだ。


「かねてよりの懸念けねんを実行に移します。種族・宗教・貴族平民の垣根かきねを取り払った、真の意味での能力主義の派閥――融和派を立ち上げるわ。もちろん旗頭は私。補佐役はエスペランザ准将で、スレイド大尉は私の代理――つまり次の旗頭ね」


 まさかの№2ご指名である。


「あのう、俺よりもほかに適任者がいると思いますが……」


 本音を口にするも、エレナ事務官は何食わぬ顔で続ける。


「融和派はそれほど数がいないけど、慌てて勢力を拡大する必要はないわ。焦って能力の無い者を引き込んでみなさい、かえって足並みが乱れるわ。本来の目的のさまたげになるから。理想をともにできる、優秀な人を取り込んでいきましょう」


「……あのう、次の旗頭とか自信がないんですけどぉ」


「とりあえず、派閥に引き込む貴族たちを選定しましょう」


「エレナ事務官、聞いてますか。俺、派閥運営とかまったく自信ないんですけど」


 三度目の異論を唱えると、帝室令嬢は露骨ろこつに嫌な顔をした。

「あのね、スレイド大尉。派閥の旗頭になるためには才能も必要だけど、家格も重要な要素になってくるの。エスペランザ准将を次の旗頭にえることも考えたわ。だけど、彼、人づきあいに関しては壊滅かいめつ的だし、あんな人を見下すような口調だから衝突する未来しか見えないわけ。だから王族になるであろう、あなたを指名したのよ」


 才能は関係なかったようだ……。


「でしたら、リブはどうですか? 第三王女と結婚するんでしょう。だったら問題ないはず」


 エレナ事務官は目元を手覆った。

「あのね、それこそ問題だわ。リブラスルス曹長にまともな人づきあいを望めると?」


「あいつは気さくだし、なんとか上手くやれそうな気がするんですけど……駄目なんですか?」


「当然よ。そもそも曹長は落ち着きが無いし、貫禄も無けりゃ、これといった手柄も無い。おまけに精神年齢も低いし、背も低い。我慢できないお行儀の悪い子供よ。そりゃあ、王族の一員になるのだから家格はいいでしょうけど、人間性と知性に問題があるわ。あと宮廷作法」


 背が低いのは関係ないと思うけどな……。


「だったらAIにサポートしてもらえば問題ないかと……」


「アレがAIの忠告を聞くタマだと思う?」


「…………」


「私も選べるならもっと吟味ぎんみするけど、帝国のカレン少佐、リュール少尉は揃って退官希望だし、ホリンズワース上等兵なんか論外だわ」


 たしかに宇宙軍の仲間たちの多くは退官の意思表明をしている。そういう人たちに限って才能豊かで、一般社会でも食っていける技術を持っている。リュール少尉には文才があり、ブリジット一等兵、ロウシェ伍長は料理の才能。マッシモは医術。


 ホリンズワースやカマロ一等兵は、元をただせばコロニー労働者でそういった職能を持っていない。かくいう俺も同様で、士官学校に入ってから軍人ひと筋。それ以外の生き方を知らない。まあ、貴族で領主やってるけど、周囲のみんなが支えてくれてるからどうにかなっている。あと特許。


 俺としては、愛する妻たちと無難に余生を送りたいのだが……。


 そうだ! ティーレたちをダシにして逃げよう!


「お言葉ですが、俺には四人も妻がいて、家庭を治めるだけで必死なんですよ」


「それを言うなら、私は一国のきさきよ。このなかで一番多忙よ。その私が、この惑星の住人のため宇宙の仲間のため、貴重な時間を削って頑張っているのに」


 そう来たか……。う~ん、反論できない。


「まさかとは思うけど、自分だけ楽な人生を送ろうなんて考えてないでしょうね」


 なかなか鋭い指摘だ。実はその通りなんです、なんて答えることもできず、

「め、滅相めっそうもない! ただ俺の能力じゃあ、派閥運営は難しいのではと個人的な見解をですね」


「だったら、誰が適任なの」


「それは後進を育てればいいだけのことでは? そうですね、たとえば…………」


 候補者を考える。エレナ事務官に気に入られていそうで、かつ優秀な人物。そういう有能な人材は…………一人いた。


「トベラ・マルロー伯なんてのはいかがでしょう」


「……トベラ?」


「ええ、エレナ事務官も帝国式の英才教育を施しているようですし、何より事務官に心酔しています。間違いの無い人選かと思いますけど」


「…………微妙ね。考えてもみなさい。なぜあなたを指名したのかを。肝心なところが抜けているわ」


「俺を指名した理由……ですか?」


 考えてもわからない。家格くらいだ。それだったら、トベラに手柄を立てさせて侯爵にすればいいだけのこと。伯爵なのだから、それほど手間はかからないだろう。


「わからないようね。女性には出産があるけど、男性にはない。それが答えよ」


「だったらエスペランザ軍事顧問でもいいじゃないですか……」


「駄目よ、さっき理由を説明したでしょう。それに准将にはいろいろとしてもらうことがあるから。外交も含めた軍事の一切合切をね」


「ぐぅ……」


 まあ、いきなり子供がうまれるわけではないし、当面はエレナ事務官が派閥運営を担当してくれるだろう。


 俺が沈黙したので、人事が発表される。


 旗頭はエレナ・スチュアート事務官。

 補佐役はエスペランザ・エメリッヒ軍事顧問。

 次期旗頭の旗頭代理は俺。

 緊急対策係がホエルン・フォーシュルンド大佐。

 新規の貴族のまとめ役がトベラ・マルロー伯爵。


 以下は肩書き無しの面々だ。

 貴族からはアシェ・カナベル。マクベイン。オズマ。マリウス・スタインベック辺境伯。

 平民からはローラン。

 人外種族枠からはマリン。

 宗教枠からは、トリム教を立ち上げたフェルール。


 新興派閥なので後ろ盾は弱く、味方も少ない。人間性を吟味したのでなおさらだ。当面は互いの主義主張が食い違うので揉めるだろう。理解し合えるまでそれなりに時間がかかりそうだ。

 勢力拡大よりも、まずは足下を固めないと。本格的に動きだすのはそれからだ。


 しかし問題だ。いままで、自分が先頭に立って行動してきたので、人に任せるのが得意ではない。工房運営は職人を雇えばよかったので楽だった。派閥や領地運営もそれほど深くは考えていなかった。


 そういえば、前に追贈されたマロッツェの領地って、ガンダラクシャのスレイド領なんて比べものにならないほど広いんだよな……。


 いままで王都奪還で手一杯だったのでまったくの手つかずだ……。やるべきことが山とある。


 頭が痛い。それに胃もシクシクする。

 久々の胃痛だ。


 備蓄している胃薬の量が気になった。


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