第270話 勝利と現実①



 セモベンテの手際は実に見事だった。


 たった三日で王城を陥落させ、残党処理も終えたという。足がけ五日でマキナ聖王国の残存兵力三万を撃破した計算になる。撃破といっても、そのほとんどが投降兵だ。

 食糧もなく、逃げる場所もない。戦意旺盛な連中はまっ先にあの世に行ってるし、援軍も見込めない状況ならそうなるだろう。


 でもまあ、手柄は手柄だ。

 俺を軽視するだけのことはある、そこは認めよう!

 だが敵の大将軍は俺が倒した!!!


 大人げないことを心のうちで呟きながら、アデル陛下の護衛を続ける。


 不意に、エレナ事務官が言った。

「そろそろ頃合いね。スレイド大尉、準備して」


「準備って?」


凱旋がいせんよ!」


 ベルーガの脅威きょういを排除したので、アデルとエレナ事務官が王都入りすると言うのだ。


 予定になかったことなので慌ててしまったが、そこは抜け目のない帝室令嬢である。事前に準備を進めていて、凱旋に必要な演出はバッチリだという。


 そんなわけで、衆人環視しゅうじんかんしというもっとも護衛が困難な環境での同行を強いられた。


 無茶振りである。


 ちなみに王都周辺の危険を取り除いたというていでの凱旋だ。これならば、王都内の安全を確保してからの王都入りとは思われないだろう。

 諸侯の軍勢と一緒に王都入りできなかった言い訳も立つ。


 二人を乗せた馬車が粛々しゅくしゅくと城門をくぐる。馬車はフルオープンの演説仕様。おまけにこれ以上ないほど豪華で、国王、王后にふさわしい乗り物となっている。


 前日、たらふく食べた王都の住民は気力体力とも充実していて、解放者であるアデル陛下を熱烈に歓迎してくれた。


 正式な婚姻はまだ先なのだが、エレナ事務官は純白の毛皮と豪奢ごうしゃなドレスという出で立ち。どこからどう見ても后様だ。

 その彼女と一緒に、アデル陛下は臣民に手を振っている。


 王の帰還を知らしめるよう、馬車はゆっくりと大通りを進む。

 これといった問題もなく王城に入ると、セモベンテたち王城攻めの功労者が片膝をついて待っていた。


「陛下、賊はすべてちゅうしております。安心して玉座の間へお進みください」


「うむ、大義であった。ときにセモベンテよ、其方とは約束をしておったな」


「はっ、領地の件でございますな」


「左様、南の都市ハンザを与える。いまならば敵も手薄であろう、そうそうに手中に収めるがよい」


「……ありがたきしあわせ」


 勝利の余韻よいんひたる間もなく連戦か……。たしかに敵は手薄だろうけど、セモベンテの隊もそれなりに損害を被っているはず。厳しいな……。


 ちょっと可哀想になったので助け船を出すことにした。

「陛下、いくばくか兵を補充されては? 今回の王都攻めで足を引っぱった南門攻略の兵をあてれば、ハンザ攻めも楽でしょう。それと今回使用した攻城兵器も貸し出しましょう。まだ敵に知れ渡っていないはず、労せずしてハンザを落とせるでしょう」


「スレイド卿、随分と甘いのう」


「セモベンテ将軍は王都攻めの功労者、これくらいやっても文句は出ません」


「あいわかった。では、そのようにはからおう。それでよいな?」


 アデルが念押しすると、セモベンテは頭を垂れたまま、

「はっ、ご厚恩感謝します。吉報をお待ちください」


 かなり勝算が上がったらしく、セモベンテはいつものように不敵な笑みを浮かべてその場を去った。


 俺としては、万が一があっては困るので、ラスコーとアレクを援軍に向かわせることにした。側にいた騎士を呼びつけ、伝言を頼む。


「閣下の直属千を残して、ほかは援軍にまわすのですね」


「そうだ。急いでくれ」


「かしこまりました」


 俺の鍛えた優秀な騎士たちだ。これで南の都市――ハンザ攻めが失敗することはないだろう。間違っても俺が救援に向かうことにはならないはず。

 将来の不安もつぶしたことだし、王城見学と行こう。


 悠々ゆうゆうと馬車がすれ違えるほど広い廊下を進む。

 廊下だけでこれだけの威容いようほこるのだ。玉座の間は想像を絶する場所なのだろう。

 きっと、宇宙ツアーのパンフレットに載っている古代王朝の遺跡並の規模にちがいない! 星宝せいほう級の文化遺産。超高額ツアーでも遠目にみることしかできない。

 そんな場所に足を踏み入れられる。考えるだけで胸が高鳴った。

 好奇心と興奮がせめぎ合う。ワクワクがとまらない。


 途中、エメリッヒを発見した。

 気難しい准将殿は、アシェさんを斜め後ろに従えている。


 なぜかエレナ事務官がこっちを向いた。そして意味深な目配せ……。エメリッヒと合流しろというのか?


 いつも肝心のところでお預けを食わされる。まったくツイてない。


 玉座の間をひと目見たかったが、それはいつでもできる。

 ここは軍人としての職務を優先しよう。お仕事は大事。


 アデル、エレナの両名から離れて、エメリッヒと合流する。


「スレイド大尉、医療キットは持っているか」


「錠剤だけですけど、いつも持ち歩いています」


「それはよかった。こっちに来てくれ」


 早足で先を行くエメリッヒに続く。

 案内されたのは王城の地下だ。


 階段を下りるなり、不快な臭いが鼻をついた。


「なんですかこれ、臭いってレベルじゃ無いですよ。肥溜めよりも酷い」


「いいからはやく来たまえ」


 かされて進む。

 たどり着いたのは地獄だった。



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