第269話 束の間の安息



 俺たちは王都に入ると、セモベンテに王城攻略を任せて、残党処理に取りかかった。


 妻たちの奮闘により、城下町に潜んでいた残党はたった一日で片づき、そのまま王城攻めへと参加する。なぜかアシェさんもやる気満々で、王城攻めに参加していた。


 あの残念な美人騎士のことだ、カーラかティーレに結婚相手を紹介すると吹き込まれたのだろう。つくづく不憫ふびんな女性だ。

 でも変だな。左手の薬指に指輪を嵌めていた。もしかして、もう紹介されたあとだったりして……。だとしたら、それの見返りに王城攻めに参加したのだろうか?

 まあいい、こっちはもう十分働いた。勝利も確定しているし、のんびり気楽に行こう。


 手の空いた者たちは住民への炊き出し作業にあたり、俺はのんびり陛下の護衛。相談役兼護衛としてエメリッヒも詰めているので、安全だ。


「義兄上のおかげで、予定よりもはやく王都を奪還できた。民に代わって礼を言うぞ。よくやった!」


「俺だけの力じゃない。アデルが王だと認められたからだよ。よく頑張ったね」


 義弟の頭を撫でる。不敬かと思ったが、アデルは満面の笑顔を浮かべた。


 そうだよな、まだ十代半ばだから子供だよな。

 両親を亡くしてからまだ三年と経っていないのに、悲観に暮れることなく王として立派に振る舞っている。

 聞けばまだ成人の儀式をすませていないという。遊びたい盛りだろうに……。


 普通の子供ならば、泣いて逃げ出すような生活だっただろう。それをアデルは耐えた。


 王族なので、それが当然という見方をする者は多い。しかし、そうではないと思う。


「アデル、エレナ……宰相とついに結婚だね」


「うむ、嬉しい! やっとエレナをきさきに迎えられる」

 神々しいまでの笑顔で答える。幸せ絶頂といった感じだ。そんなアデルがまぶしい。


 俺、ティーレたちにこんな笑顔を向けてたのかな……もしかすると、もっと淡泊たんぱくな反応だったかもしれない。


 義弟を見習って、ティーレたちにもできる限りの笑顔で対応しよう。そう心に誓った。


「スレイド大尉、君も王族として正式に結婚するのだろう。おめでとう」


「あ、ありがとうございます。エスペランザ准将も陞爵おめでとうございます。伯爵らしいですね」


「ああ、ありがとう。祝いは嬉しいが、かくいう私も式を挙げるだよ」


「エクタナビアから付き従っている二人ですか?」


「それと、もう一人」


「もう一人?」


 人間的にちょっと厄介なところがある人だけど、エメリッヒはモテそうだからな。それにしても一体どこで知り合ったんだ?


 エクタナビアから同じ陣営にいたけど、そんな人は見かけなかったなぁ。

 もしかしてロウシェ伍長か? もしかするとカレン少佐という線も捨てきれないな。ブリジットは恋愛よりもグルメやお洒落って感じだし。


「そのもう一人――三人目は誰なんですか?」


「君の奥さんの護衛を務めているアシェ・カナベルだよ」


「えッ!」


 意外だ。しかし、納得できる。二人とも揃って気難しそうな顔をしてるし。

 祝福の言葉を述べるよりも先に、エメリッヒが続ける。


「君から話を聞いてはいたが、アシェは優秀な妻だな」


「……というと」


「軍事、雑務、家事となんでもこなしてくれる。よい拾いものをしたよ」


 いやいや、未来の奥さんに向かってよい拾いものはないでしょう……。


 それにしてもアシェさん、やっぱり残念美人だ。好きになる相手を間違ってる。


 知らない仲ではないのでフォローすることにした。

「あのう、そういうことは思ってても口に出さないように」


「結婚したのだから問題はあるまい」


「そういう意味ではなくてですね……」


 ベテラン妻帯者として、アドバイスをした。


「なるほど、家庭に波風を立てぬようにか……」


「ええ、それに彼女たちも人間です。物やペットではありません」


「理性があり、感情もある生き物だと言いたいのだな。それくらいはわかっている」


「…………」


 女性心をこれっぽっちもわかっちゃいない。この人、絶対に結婚しちゃ駄目な人だ。


「ともかく、彼女たちを大切にしてください」


「言われるまでもない。それよりも君、人の心配よりも自分のことはどうなのだね。四人も妻をめとるのだ、甲斐性が求められるぞ。その辺は大丈夫なのかね?」


「そこは候爵ですから……なんとかなるでしょう。領地収入とか特許収入とかいろいろありますから」


「それもあるが、子供の話だ。私の勘だが、将来揉めるぞ」


「えっ! それってどういうことですか?」


 詳しく事情を聞こうとしたら、くだんのメイド二人があらわれた。


 緑髪緑眼のフローラが、語気を荒げてエメリッヒに詰め寄る。

「エメ、カーラ王女殿下がお探しです。今後のことについて相談したいことがあるそうなので、はやく来てください」


 もう一人の黒髪金眼の褐色肌の魔族は、甲斐甲斐しくエメリッヒの衣装を直している。

「服装が乱れています」


 たしかミスティって名前だったっけ。いつも無口で無愛想なものだから、声をかけずらい。


 まだ声をかけやすいフローラも、今日は秘書的な立ち位置とピリピリしている。


 夫婦というよりも、だらしないご主人様と小うるさいメイド二人に見えて仕方ない。


 将来のことについて気にはなったが、惚気ているところを見せつけられるのもなぁ。


 これといった用事もないし、将来のことは時間のあるときに聞こう。


 他人のイチャイチャは目の毒なので、三人にはやく行くよう促した。

 エメリッヒ一行が出ていくと、今度は俺の直属の上司――エレナ事務官がやってきた。


 上司は犬や猫を追い払うような仕草で手を振り、俺に出ていくようハンドサインを送ってきた。振った回数は三回。遠くへ行けという指示だ。


 エレナ事務官もアデルとイチャイチャしたいらしい。なんとなくそんな気がする。


 命令だし、従うことにした。


 一人になったものの、やることがない。


 セモベンテの手伝いをしてやってもいいが、手柄を奪いに来たと勘違いされても困る。


 あれこれ考えて、魔道具づくりに没頭した。

 兵士たちに好評だったトイレや風呂だ。


 つくり慣れたそれらを量産しているうちに、その日は終わった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る