第268話 subroutine クラレンス_野心家


◆◆◆ 王道派 クラレンス視点 ◆◆◆


 王都奪還後、我が王道派はどのように立ち回るべきか。


 いまや第二王都と呼ばれる新たな大都市。そこに建てた屋敷の一室に籠もり、そのことばかりを考えていた。


 派閥の今後について、いくつか方策がある。だが、どれもあまり有効な手ではない。推薦した元帥が手柄を立ててくれればいいが、無理だろう。有能ではあるが経験に乏しい。打てる手といえば、王都攻めで手柄を立てて叙爵された新米貴族を派閥に引き込むくらいだ。


 このようなありきたりの手は、どの派閥も考えているだろう。

 事態が大きく動いたのだ。上手く立ち回れば、勢力を拡大できるチャンスでもある。


 きっとどこかにあるはずだ。蒙昧無知もうまいむちな者どもが見落としているであろう、大きなチャンスが。そう誰もが羨む金の林檎りんごを手に入れなければ!


 しかし名案は浮かばない。


 苛立いらだちをつのらせていると、ドアがノックされた。こちらの了承もなく外から声が湧く。


「クラレンス様、急報です! ベルン・ファウスト元帥からクラレンス様に直接伝えよとの厳命を受けています。何卒、お耳に……」


 ベルン・ファウスト伯爵、王道派の推した元帥の一人だ。冒険者上がりの元帥もいるが、あれはしつけがなっていない。腕っ節だけの下級貴族だ。個人の武には秀でているが軍を率いるには心許ない。


 私が男であれば自ら軍を率いていただろう。女である、この身が恨めしい……。


「良い知らせか?」


「……いえ、よろしくない知らせです」


「王都奪還は失敗したのか?」


「ちがいます。急報は王都攻略中の南門からです」


 内容を知っているのだろう。伝令の声が徐々に勢いを無くしていくのがわかった。

 王都攻略中の情報となれば周知の事実。となれば隠し通せぬほどの悲報ということになる。


 頭が痛い。


 聞きたくない知らせだが、無視しても現実は変わらない。

 大きく息を吸って、心に波打つ動揺をしずめる。


「入れ」


「はっ!」


 入室を許すと、伝令は苦々しい顔で入ってきた。

 どうやら相当に悪い報告らしい。


「我が主、ファウスト伯の言葉をお伝えします」


 伝令からもたらされた知らせは最悪のものだった。

 買爵貴族率いる革新派。その派閥が推したベネル・エンコ元帥が暗殺されたのだ。しかも、そのことを隠していた。

 おおかた、王都攻めのどさくさに紛れて名誉の戦死としたかったのだろう。それが発覚した……。


 買爵貴族からの資金頼りの軍だ。雇い主が消えてしまっては統制もままならない。そのせいで、ダンケルク大将軍という勲一等確実の大物を取り逃した。


 それもこれも無能で有名な買爵貴族のお陰だ……涙が出てくる。


 王都攻めで功績をあげられなかったばかりか、王都から落ち延びる敵すら討ち取れなかった。

 誰の目から見ても大失態。


 今回の王都奪還戦は、我が王道派にとって大きな痛手になってしまった。


 手を組む相手を間違えた。完全に私の采配さいはいミスだ。


 買爵貴族は金で失敗を揉み消すだろうが、資金にとぼしい我が王道派はそうはいかない。なんらかの処罰を受けることになるのは明白。


 こんなことなら、被害を恐れて守りに徹しなければよかった。

 悔やんでも遅い、汚名返上のために次なる一手を打たねば!


 思考する。


 我が派閥は優秀な貴族を多く抱えているが、財力に乏しい。今後予想される物資調達で評価を上げたいところではある。しかし、商人にツテはなく、糧秣りょうまつを工面しようにも、さほど豊かでない領地からは収穫を望めない。


 価値のある情報を差し出してもいいのだが、確証が取れていない。焦って偽情報を掴ませようなら、今度こそ後が無い。


 美男美女をあてがい、王族を籠絡すべきか……。

 いや、やめておこう。露骨すぎる。

 仕掛ける相手が王族とあっては、ほかの貴族から顰蹙ひんしゅくを買ってしまう。


 密偵の報告によると、一番うま味のあるところを成り上がりどもがかっさらっていったという。


 エレナ・スチュアート、ラスティ・スレイド、リブラスルス。


 成り上がりどもが、侯爵や宰相の地位に就いている。


 いや、成り上がりという点では、我らも同じか……。

 そうだ! 彼らも同じ新興貴族。一代で貴族になった者が貴族社会で生き抜くのは厳しい。彼らも私たちと同じ洗礼を受けているはず。ならば派閥に引き込むことも可能かもしれない。


 宰相のエレナ・スチュアートは陛下のお気に入りなので迂闊には手を出せないが、ラスティ・スレイド、リブラスルスなる者たちであれば可能だろう。


 特に、リブラスルスという小僧だ。密偵の報告ではまだ成人したての男だという。

 噂によると、ルセリア第三王女の窮地きゅうちを救ったとか。勇敢ではあるが、有能ではない。そこに付けいる隙があるはず。


 その小僧を足がかりに事を進めよう。


 方針は固まった。あとはどう結果に繋げていくかだ。

 からめ手で行こう。軍事顧問なる優秀な男もだ。

 なんでも美女を侍らす趣味があるとか。それならば心当たりがある。あの娘をつかおう。遠戚の血の繋がりがあるかも疑わしい娘。養女にしたアレだ。

 薄汚い雑種の血が流れているものの、見てくれは良い。

 失っても痛くない身内だ。それをあてがおう。


 謀略という名の芸術が、次々と頭のなかで組み上がっていく。


 もしかすると、私は金の林檎を手に入れたのかも知れない。

 ああ、私という女はなんと優秀なのだろうか!


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