第265話 攻城戦②



 王都の立て籠もっているマキナからの反撃は、思いのほか少なかった。


 これというのも事前に矢を消費させていたからだ。それがいまになって効いてきたのだ。

 エメリッヒの思惑通りだ。さすがは軍事顧問、頼れる上司。とはいえ、マキナ側も抗戦こうせんの意志は強い。煮えた油や石などを落として、城壁に取り付かれまいと頑張っている。


 そんな激戦区をこれから駆け抜けるのだ。


 攻城櫓が城壁についたので、ホリンズワースと突撃する。

 今回の得物は普段はつかわない盾と予備の魔法剣、それにレーザーガンと高周波コンバットナイフ。嵩張かさばるライフルなどの火器は動くいので邪魔だ。置いてきてある。


 軽装で一気に攻城櫓を駆けのぼると、まだかりきっていない梯子はしごを無視して、城壁へ飛び移った。


 盾を前面に押し出して、強引に兵士を追いやる。


【フェムト、〈水撃ウータージェット〉だ。城壁の敵を薙ぎ払え!】


――出力は?――


【領地開拓でつかっていた要領で三〇メートルほど……高威力で頼む】


――今回の標的は樹木ではなく、鎧を着た兵士たちです。それらのことに鑑みて、ループ処理は四回で始めます。魔力消費は多いですがよろしいですか?――


 昔に比べて魔力が上がったとはいえ、森林伐採の三ループを超える。それなりに疲労は出るだろうが、後続のために城壁の兵を減らしておきたい。


【それでいい、やってくれ】


 剣を振りまわして敵兵と距離をとると、魔法を撃ち出す方向へ手の平を向けた。ホリンズワースのいない北へと伸びる城壁、正面左手へ。


「〈水撃〉!」

 超高圧の水の刃が撃ち出される。


 きっちり三〇メートルの敵兵を胴体から上下真っ二つにした。左手側は転がった死体が邪魔で、敵が迫ってくるまで時間を稼げるだろう。


 今度は反対側、ホリンズワースが戦っているであろう右手側へ斬り込む。


 熟練の上等兵は生き生きとナイフを振るっていた。

 高周波コンバットナイフの機能をつかわずとも、鎧の継ぎ目を的確に狙って仕留めている。さすがは上等兵、場数を踏んでいるだけのことはある。


「ホリンズワース、加勢に来たぞ」


「大尉殿、数が多すぎますよ。援護射撃もあるが、多勢に無勢。このままじゃ押し切られ……って、なんスかありゃあ!」

 ホリンズワースが、〈水撃〉の放ったあとを指さす。


「何って、魔法だよ」


「あんな威力だなんて聞いてませんよ」


「俺のオリジナルだ」


「……魔法も開発してたんですか?」


「まあな、時間は十分にあったし、教えてくれた先生がよかった」


「あのピンク髪の眼鏡っ娘ですか?」


「あー、そっちも先生だけど、教え方が上手いのは俺の奥さんかな」


「……大尉殿、いくらなんでも戦闘中に惚気のろけ話ってのはどうかと思いますがねぇ」


「いちいちうるさい男だなぁ。本当のことだから仕方ないだろう」


「そういうことにしておきますわ」


 含みのある口調で言うと、ホリンズワースは鬱憤うっぷんを晴らすように、近くにいた敵兵を城壁から蹴り落とした。


 宇宙軍の部下と上司で軽口を叩きながら敵を蹴散らしている間にも、味方の決死隊が城壁に展開する。次々とかかげられるベルーガの軍旗に、マキナの兵は目に見えて戦意を喪失そうしつしていた。


 眼下に待ち受けている王都の敵が、規律そっちのけでうごめいている。


 西門の勝利は確実だ。


 リュールとブリジットに上がってくるようハンドサインを送り、

「ホリンズワース、ここは任せた。俺は北門へ行く」


「大尉殿、随伴ずいはんは?」


「不要だ。一人のほうが速い」


 あとのことを部下に放り投げ、俺は北門目指して城壁を走った。


 ナノマシンで強化した脚力は素晴らしく、聞こえてくる風鳴りは早足の軍馬並だ。


 瞬く間に北門の激戦区に到着する。


 アデル陛下の指揮する攻城部隊はマキナの抗戦に手こずっていた。唯一城壁に取りついている攻城櫓はリブが担当する部隊で、彼は無数のブーメランを展開して、弓矢による攻撃を無効化している。しかし、マキナの守りは厚く城壁に味方の姿はない。


 三姉妹も魔法を放ち、攻撃しているものの、蹴散らす敵の数よりも補充されるほうが上まわっているようだ。


 手柄をあげるチャンスだ!


 相棒に思念を送る。


【フェムト、〈水撃〉のチャージだ。今度は五ループ。敵を一掃する!】


――反動が大きいですが大丈夫ですか?――


【なんとかなるだろう】


――相変わらず無茶しますね。いいでしょう、五ループで一気に決めましょう。ただし、体力的にも消耗が大きいので、魔法の連発はできません。これ以上はスタミナに影響するので実質打ち止めになりますが、よろしいですか?――


【かまわない】


――それでは〈水撃〉直列五ループ、チャージを開始します――


〈水撃〉をチャージしながら敵に迫る。


 俺の姿を認めるなり、マキナの守備兵に動揺が広がった。


「新手だ!」

「西から来たぞ!」

「西門が落ちたのか?」


 弓兵がこちらに狙いを定めるよりも先に、魔法を発動させる。

「〈水撃〉」


 過去最大の魔法を放つ。

 威力は絶大で、実に四〇メートル強の敵を切り裂いた。


 降って湧いた厄災にマキナの兵は恐慌きょうこう状態におちいっている。これが決定打となって北門の守備は総崩そうくずれになった。


 巡ってきたチャンスを見逃すほど俺はお人好しではない。ここぞとばかりに嫌がらせをする。


 片っ端から敵兵を引っ掴み、城壁から放り落とす。もちろん王都内に陣取っているマキナへ向けてだ。


 俺の贈ったプレゼントは石畳にいびつな赤い花を咲かせた。これは警告だ。城壁にのぼってくるとどうなるか……。


 敵に恐怖心を植え付けてからは楽だった。


 手足が変な方向に曲がった同僚を見てからというもの敵の足が鈍る。城壁に補充される兵の速度がいちじるしく落ちた。


 瞬く間に城壁は占拠され、勢いに乗ったベルーガ兵が王都に雪崩なだれ込む。


 兵の士気、数においても優勢な北軍は日が暮れるよりも先に城門を開放した。


 実質的な勝利だ。残すはマキナの残党処理。


 正規の兵よりも、義勇兵のほうが士気が高い。しかし、その目はくらかった。言い知れぬ気迫がみなぎっている。


 当然だ、彼らは復讐のためについてきたのだ。ある者は家族を奪われ、ある者は住む家を失い、そしてある者は田畑を焼かれた。みな大切な物を奪われた者たちばかりだ。

 彼らの悲願がいま達成されようとしている。


「マキナの連中は皆殺しだぁ!」

「星方教会の奴らを根絶やしにしろぉ!」

「一人も生きて帰すなーーー!」


 義勇兵は蜘蛛の子を散らすように王都へ溶け込んでいった。


 正規の兵には無益むえき殺生せっしょうをしないよう厳命している。しかし義勇兵は別だ。訓練を受けさせ、戦いの術を教えた。だが彼らはあくまでも国民だ。騎士や兵士のような軍人ではないし、ましてや体面を重んじる貴族でもない。であるから、騎士道や国軍としての秩序に縛られない。ここから先は法の外にある世界の出来事なのだ。


 戦いはなおも続く。


 いまだ徹底抗戦の姿勢を見せるマキナの残党を各個撃破していく。

 俺はその戦いに参加せず、仲間の元へ帰っていった。


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