第266話 制圧



 愛する妻たちの顔を見たかったが、俺はアデル陛下の元へ向かった。

 一応は軍を指揮する将帥である。報告・連絡・相談ホウ・レン・ソウは大事。


 陛下を警護している近衛たちとは面識があったので、戦闘直後だったがすんなりと謁見えっけんが叶った。


「ラスティ・スレイド、ただいま戻りました」


「おお、義兄上かッ! 先ほどの戦い見事であった」


「はっ」


「そう硬くならずとも良い。卿は姉上たちの夫、余の義兄にあたる。臣下の礼は不要だ」


「お言葉はありがたいのですが、君臣としての場では臣下の礼をとるべきかと存じます」


「ふむ、そうであるか……」

 アデル陛下は、側近に耳打ちすると、気を利かせたのか近衛たちが貴族たちを下がらせてくれた。


「人払いをした。この場には身内しかおらん。君臣として振る舞う必要はない、義兄上も楽にするがよい」


「ご厚恩に感謝します」

 とりあえず武器――魔法剣を近衛に預けて、陛下に歩み寄る。


「アデルおめでとう。ついに王都を奪還できたな」


「うむ、これも姉上や義兄上たちの働きのおかげだ」


「そんなことはない。アデルがマキナ聖王国の親征軍を撃ち破ったからだ。それを足がかりに勝利を掴んだ」


「義兄上に褒められると、照れるな……」


「それでエレナ……宰相閣下は? 姿が見えませんが」


 いつも陛下にべったりの帝室令嬢がいない。


「エレナはエスペランザとともに今後のことを話しあっておる」


「王冠の件ですか?」


「うむ、余も隠し部屋のことは知っているが、王冠のことについては知らぬでな」


「まあ、それはおいおい探すとしましょう。まずは王都の掌握しょうあくです。それと、できることならダンケルク大将軍を捕まえたいですね」


「それができれば万々歳なのだが、一筋縄でいく相手でもあるまい。ほかにも問題はある。王都に暗殺者が潜んでいる恐れがあるので慎重に進めるつもりだ」


「さすがはアデル、勝利を前に気をゆるめない姿勢は大事だ。俺も怪しい者がいないか注意しておくよ」


「それは心強い。頼りにしておるぞ義兄上」


「お任せください。それでは引き続き王都攻略の任にあたりますので、これで」


 仕えている国王と義弟、接し方に戸惑いながらも報告はすませた。俺以外に報告に来る者がいるだろう。退散しよう。


 アデル陛下への挨拶もすませたし、今度は妻たちだ。


 兵士の一人を捕まえて、ティーレたちの居場所を聞き出す。


 王都攻め一番槍のセモベンテがマキナの残党が立て籠もる王城へ向かっていて、ティーレたち王族はこれから食糧を民へ施すところだという。


 マリンやホエルンもそっちにいるらしい。三姉妹にリブ、マリン、ホエルン、かなり豪勢な部隊編制だ。大抵の刺客ならば返り討ちにするだろう。


「スレイド侯、伝令は各所に飛ばしておりますので問題ありません。王都は完全に包囲しているので、マキナは王城に籠もるしか手はないでしょう。守りに易い城ですが、援軍も望めず、糧秣りょうまつもそれほど備えていないはず。攻め入るまでもありません」


「そうだったな。糧秣のほとんどはエスペランザ軍事顧問の睨んだ通り城門付近に固めてあったし、王城に残っているとしてもわずかだろう。危険をおかさずとも安全に勝てる、朗報だ」


 兵士に礼を言ってから、ティーレたちと合流する。


「あなた様、見事な活躍でした!」

「おまえ様よ、みな手放しで褒め称えていたぞ」


 ティーレとカーラとハグをして、残りの妻を探す。


 ホエルンは気怠けだるそうにタバコを吹かしていて、マリンはロープでぐるぐる巻きになった者たちを小突こづいていた。


 何をやっているんだろう?


 尋ねるよりも先に、俺を見つけたホエルンが褒めてと言わんばかりに喧伝する。


「私たちも活躍したわ。暗殺を企てていたマキナの暗部を引っ捕らえたんだから」


「始末したの間違いでは?」


「私は後腐れなく始末したけど、マリンちゃんは背後にいる者を吐かせるって聞かなくって」


 小突き続けている魔族の妻を、ホエルンが一瞥いちべつする。なるほど、災いの芽をんだ上で黒幕を吐かせようとしているのか。


「誰の命令で来たのですか? 白状すれば命だけは助けてあげましょう」


「…………」


「さっきのお仲間のように、指先から細切れになりたいようですね…………いいでしょう、代わりはほかにも沢山います」


 物騒な内容だ。とめるべきか悩んだが、先が気になったので静観することにした。


「おっと、私としたことが爪の間に赤く焼いた針を入れるのを忘れていました」


 黒髪金眼の少女はそう言うと、魔法で出した火に、細い針をかけた。

 まっ赤になる針。


 マキナの暗部はごくりと生唾を飲む。


 俺も釣られて生唾を飲んだ。ヤるのか?!


「安心してください。手は最後です。まずは足の小指から……」


 小指を家具の角にぶつける痛みが脳内で再生された。


 ぶつけただけであれほど痛いのだ。針を刺そうものなら…………。


「ぐぎぃッ! ぎゃぁーーーーー。クソックソッ、クソォーーーー、殺すなら一気にやれっ!」


「一気には殺しませんよ。これは拷問なんですから。あと大げさな声を出さないでください。迷惑です」


けがれた魔族めっ! 神罰が下るぞ」


「そう慌てないでください。まだ一本目ですよ。それに奥まで入っていません。こう、奥の奥にある死にそうなほど痛いところまで針を入れないと。指一本につき最低二〇本は楽しませてくださいね」


「に、二〇ッ!」


「驚くことはないでしょう。どうせ寸刻みで死ぬんですから。あっ、私のことをうらまないでくださいね。一応、助かる選択肢も提示しましたから。では気を取り直して、一本目の奥、行きますよぉ」


 マリンが刺さった針の先端に指を添えようとしたころで、マキナの暗部はさえずった。


「なんでも言う、喋る。だからそれだけはやめてくれ! 頼む、後生だッ!」


「それでは暗殺を指示した黒幕と仲間たちのことを教えてください。それと家族のことも」


 ん? 家族の情報なんているか?


「なぜ家族のことまで話さないといけないんだ? 家族は関係ないだろう」


 だよな、だよな。俺もそこらへんのことを聞きたい。


「話してくれたら理由を教えます。まずは針を刺されるか、家族のことを喋るか、選んでください」


「針だけは勘弁してくれ、俺の家族は…………」


 マキナの暗部が家族の情報を差し出すと、マリンは家族も一緒に殺すと言った。


 さすがに、その言葉にはドン引きした。魔族、怖い!


「勘弁してくれぇー、子供に罪はないんだぁ」


「では、その罪無き子供のためにも、目的を吐いてください」


 泣きそうな顔でマキナの暗部はすべてを暴露した。


 こともあろうに戦闘のどさくさに紛れて王族を殺そうとしていたらしい。


 マリンは俺の存在に気づくと、いつもの可愛らしい声で、

「どうしましょう、ラスティ様」


「どうするって?」


「コレのことです」

 マリンは影から取り出した大鎌の柄で、マキナ暗部の男を指し示す。


「白状したから命は助けるんだろう?」


「ええ、私は助けます。しかしラスティ様がどうするかは別の話です」


「汚ぇぞ! 助けてくれるって言っただろう」


「はい、私は言いました。ですが、当事者であるこの御方の判断を聞いていません。……で、ラスティ様、いかがしましょうか?」


 良心の呵責かしゃくがあった……。しかし、妻を殺す予定だったと白状した者を許せるほど俺は聖人君子ではない。


「とりあえず三年間、投獄しておけ。俺も妻帯者だ、家族持ちの気持ちはわかる。命だけは助けよう」


「運が良かったですね。ラスティ様とあなたの家族に感謝しなさい」


 それだけ言うと、マリンは白状した男を兵士に引き渡した。ちなみに尋問していない暗部はその場で処刑。

 俺が投獄を命じなければ皆殺しにしていたという。


 本当に魔族って怖い。魔山デビルマウンテンで敵対しなくて良かったと思う。


 仕事終えたマリンは、年相応の笑顔で抱きついてくる。

 微笑ほほえみかけようとしたが、顔が引きつっていることに気づく。


 一度、両手で揉みほぐして、愛する妻の一人に微笑んだ。


「ラスティ様、頭をなでなでしてくださいッ!」


 いつもはいい娘なんだけど、これって俺の前だけか?

 女という生き物が急に怖くなった。


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