第262話 subroutine カナベル_救いの手①


◆◆◆ カナベル視点 ◆◆◆


 私としたことが誤算だ。

 まさか背面強襲を許してしまうとは……。


 それも裏切り者のいる混成軍だ。

 この場にきて仕掛けてくるとは思いもよらなかった。


 しかし、よりによって兵力の少ない我が部隊を狙うとは。

 おそらくだが、マキナはなんらかの手段を用いて王都内外と連絡を取り合っている。となると、王都側も何らかの動きが……。


 幸い、スレイド侯の手の者が西から攻め入るツッペの軍を撃退してくれたから助かったものの、また攻めてくる可能性がある。兵力で劣る西軍は不利だ。このまま手をこまねいていては全滅の危険性もある。

 失態をさらすようで気は進まないが伝令を出しておこう。


 三名、部下を選出する。


「北の本陣に伝令を! 王都から敵が討って出てくる可能性がある。応援をうと」


「はっ!」

「ははっ!」


「急げッ!」

 伝令を出して十分と経たぬうちに、敵が動いた。

 敵が城門から打って出てきたのだ!


 予想だにしない敵の出撃。攻城に気を取られていた前線が食い破られていく。


「こりゃ混線だね」


 いつの間にか、スレイド侯の手の者が側にいた。ショートヘアーの似合う女性だ。目尻の垂れた細い目に、ネコを思わせる口元。真剣味に欠ける女性だが、腕は確かだと聞いている。


 たしか名前は……、

「ロウシェ殿、貴女は西端にいたのでは?」


「我らが大尉殿のご命令でね。あんたを守るように言付かっている」


「まさか、こうなることを予見していたのですか」


「それはないだろうね、多分。アルベルトは大切にされているんだよ」


 妙に引っかかる言い方だ。


「それはどういう意味で?」


「またまたぁ、とぼけちゃって。アタシはなんでもお見通しだよ」


 細い目からは真意の程が読み取れない。苦手なタイプだ。


「でしたら前線の指揮を頼みたい。私は剣が下手なもので……」


「あー、だったらなおさら前には出られないね。もうじきここも乱戦になる。一応、護るつもりだけど、自分でも戦いな」


 私の鎧をポンと叩いてから、ロウシェはそばにいた騎士を小突く。


「ちょっとそこのお兄さん。その立派な槍、アタシにくれない?」


「こ、これですか」


「そうそれ」


 騎士から馬上槍を引ったくると、ロウシェはそれを勢いよく投げた。


 力強い風鳴りとともに、槍が一直線に飛翔ひしょうする。


 戦線を食い破りつつあるマキナの聖堂騎士に、槍が直撃した。勢いは衰えることなく、聖堂騎士を貫くと、それにつづく三人もの騎士を貫いた。

 恐るべき膂力りょりょくである。

 細身の身体のどこにそのような力があるのだろう?


 それからいくつも槍を飛ばして、彼女は大いにマキナの先陣を震え上がらせた。


 カリエッテ・ロドリア元帥お得意の速射弓でもここまでの戦果は期待できないだろう。ロウシェは飄々ひょうひょうとした女だが、元帥クラスの実力を示した。

 そんな彼女を従えるスレイド侯は、一体どれほど強いのか……。興味は尽きない。


「誰も彼もが侯の名をあげるはずだ……」


 機会があれば一度じっくり話したいものだ。そのためにも目の前にある危機を乗り越えねば。


「陣を立て直す! 近接戦だ! 重歩兵は中央に、騎兵は両翼を固めろ。隙を見て敵を包み込め! 確実に仕留めるのですッ!」


「「「おおぉぉーーーー」」」


 先のロウシェの活躍もあって士気は思っていたよりも低下していない。これならやれる!


 敵の突力を削ぎ落とし、徐々に五分の戦いに持ち込んでいった。


 兵力の不利はくつがえせないが、援軍が来るまで持ちこたえられるだろう。いや、なんとしても押し返さなくてはならない!


 戦場に刃をぶつけ合う音が鳴り響く。


 気の抜けない硬直状態になったが、全滅はまぬがれた。


 ほっとしたのも束の間、今度は重歩兵を飛び越えて聖堂騎士の一団が特攻を仕掛けてきた。


「我が名はザッシュ! 聖堂騎士団団長ザッシュ! 元帥アルベルト・カナベル、いざ尋常に勝負ッ!」


 血煙を巻き上げ、立ちはだかる兵の壁を破壊していく。


 遠目でもわかる巨躯きょく。あんな化け物じみた騎士を相手に勝てる気がしない。とはいえ、正々堂々と名乗りをあげた武人だ。策をろうしては卑怯ひきょう者とののしられるだろう。


 近くにいる部下に目をやる。側近は指揮を得手とする者ばかり、武を前面に打ち出す聖堂騎士を相手にするには分が悪い。おそらく歯が立たないだろう。

 どう対処すべきか思案していると、後方から味方がやって来た。


 リュールという若い指揮官だ。強力な魔導器アーティファクトを背負い、少女兵の手を引いている。


 リュールとロウシェが会話を交わす。

「ロウシェ伍長、戦況は?」


「なんとかなりそうだね。これさえしのげれ」

 ロウシェは別段これといって緊張するふうでもなく、呑気に肩をすくめてみせた。


 たしかに並の騎馬兵ならば恐れるに足りない。しかし、相手は星方教会の誇る精鋭中の精鋭、聖堂騎士団だ。それも団長自らの突撃、並の騎士では太刀打ちできない。


 陽気なロウシェに苦言をていする。

悠長ゆうちょうに言ってますが、相手はかなりの猛者もさですよ。大丈夫なのですか?」


「大丈夫ですって、カナベル元帥。アタシらを信じてくださいってば。少尉殿、デカブツはアタシが引き受けます。雑魚は任せました」


「ありがたい。俺の持っている近接武器は高周波コンバットナイフしかないからな。助かる」


 ロウシェは背負っていた剣を抜いて、聖堂騎士へと歩みだした。


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