第260話 subroutine ガーキ_暗殺②


◆◆◆ ガーキ視点 ◆◆◆


「ご存じとは思われますが、王族を殺した男――ディラ家の名をかたる暗殺者のことをお知りか?」


「知っておる、偽マリモンのことであろう。そいつのせいで王兄殿下が亡くなった。しかし、暗殺者に関しては大貴族しか知らされておらぬはず……一介の子爵が、なぜ偽マリモンのことを知っているのだ」


「そのことに触れる前に、まずは人払いを……」


 エンコの腰巾着とおぼしき貧相な貴族が、阿呆の元帥に耳打ちしている。


「それほど重要な話ではあるまい。人払いは話の核心に近づいてからだ。よいな」


 チッ、小賢こざかしい野郎だ。まずはあの腰巾着をどうにかしないとな……。


「簡単なことにございます。ディラ家の名をかたる男が魔法を封じたとされる水晶を持っていたとか。ま、偽物でしたがね。それで、その偽物の出所をしらべるよう宰相閣下から密命を受けました」


「何ッ! エレナ宰相閣下からだとッ!」


「どこもかしこも人手不足でね。それで俺みたいな子爵にまで密命が」


「なるほどな。王族には代々仕えている密偵一族がいるのは知っている。しかし、宰相に仕える密偵が不足しているとは……だから子爵風情を寄越したと」


「信じていただけましたか?」


「いや、逆だ。宰相の子飼いならば、なぜ我ら革新派に与するのだ?」


「俺も買爵貴族ですので、いまの宰相では今後が不安なのですよ」


 エンコの顔に汚い笑みが浮かんだ。


 釣れたッ! 


 どうやら宰相が邪魔らしい。かたむいたベルーガを立て直している、噂の女宰相を、この阿呆は罠に嵌めようと考えている。そんな汚い顔だ。

 ほんとうに買爵貴族の連中はくさりきってやがる。


「……ここからが肝心なのですが」


 大げさに天幕にいる連中へ視線を飛ばす。


「わかった。……おまえたちは外で控えていろ」


「ですがベネル様、このような者たちを安易に信用なされては」

 腰巾着が具申するも、阿呆の耳には届いていない。


「貴様、ワシの言うことが聞けぬというのか! さっさと出ていけッ!」

 エンコは腰の剣を抜き、腰巾着に斬りかかった。


 いいぞ! そのまま殺し合え!


 俺の願いと裏腹に、周囲の連中がエンコをとめる。

 あとひと息というところで、騒ぎが収まった。


「気分を害した、その者は今日限りクビだ! 出て失せろッ!」


 腰巾着を追い出し、護衛一人残して人払い。


「そこの魔術師は?」


 阿呆がシャマの存在に気づいた。


「この者はある魔導器をつかえる数少ない魔術師でございます。エンコ元帥閣下にもご覧に入れたいことがありますゆえ、何卒同席を」


「ふん、まあいい。魔術師風情が、一人いようと二人いようと関係ないからな」


「それでは話に移る前に……シャマ、例の魔法を」


「はっ、失礼します」


 つかえる魔術師は呪文を紡ぐ。

「原初ならざる色なき根源よ、あまねく音を消し去りたまえ〈消音ミュート〉」


 シャマの魔法が完成すると、阿呆と馬鹿が口をパクパクやり始める。


 すかさず、隠し持っていたナイフを護衛に投げまくった。

 天幕のなかで安心していた護衛の馬鹿は、軽装が仇になってナイフ三本で眠りについた。


 念のため、身体に突き刺さったナイフを引き抜き、喉笛を切り裂く。

 ここまで、銅貨を投げて床に落ちるくらいの早技だ。


 腰を抜かしたエンコはって外へ出ようとしている。


 元帥ともあろう者が、それは駄目だろう。心優しい俺様はエンコの名誉を守るために、這って逃げるという醜聞しゅうぶん綺麗きれいに消し去ってやった。


 逃げる野郎の髪を引っ張り、喉笛を掻き切る。

 そのまま生首を頂戴して、手頃な箱に布で包んで放り込む。


 俺の書いたシナリオとかなり変わってしまったが、まあいいだろう。即興にしては上出来だ。


 ここからは慎重にアドリブを考える。


 優秀な俺様はすぐにシナリオを修正した。


 エンコが殺されたとバレないよう偽装工作をして、天幕を出る。

 取り巻き連中が天幕へ戻るよりも先に、手で制した。


「いまはやめておけ。エンコ元帥閣下は気分をがいしている。見ろこの傷を」

 自作自演の傷口を見せつけると、

「ウェル卿! ただちに軍医をお連れします」


「いや、いい。俺にはまだ役目がある。……いいか、俺がここへ来たことはくれぐれも内密にしてくれ。それと、しばらくは天幕に入るな」


「それほどまでエンコ閣下はお怒りなのですが」


「ああ、俺が伝えるように預かった書簡に、どうも悪い情報が書かれていたらしい。おかげでこの様だ」


 ガシャン!

 ちょうどいい具合に仕掛けが作動して、天幕内の水瓶が割れた。


「あの調子だ。護衛に当たり散らすだけじゃ物足らず、物にまで……。そういう訳だから、しばらく入るな。天幕のなかには護衛もいることだしな」


「さ、左様でございますな。……ところでその箱は?」


 エンコの生首の入っている箱を、取り巻きが指さす。


「あたらしいお役目だ。書簡とは別口で、これも届けなきゃらない」


「……大変ですな」


「割に合わない仕事だぜ。貴族になれりゃ、もっと楽な生活ができると思っていたんだがな……」


 うまく事が運んだ。

 元帥暗殺に、天幕にあったお宝。

 それなりにうるおった。


 本当は、イカサにエンコを殺させて、潜り込んだ暗殺者というていでイカサを始末するつもりだったのだが……。悪運の強い男だ。


 よかったなイカサ、今回は死ななくて。


 気前のいい俺様は、天幕で失敬した小粒の宝石をイカサにやった。

「いいのかガーキ!」


「しっ! その名で呼ぶな、まだ陣地のなかだぞ!」


「ああ、すまねぇ。つい」


 おもわずぶっ殺しそうになった。

 頭のつくりが、タガーズより多少はマシだってことを忘れていたぜ。


 それにしても木箱が重い。ずっしりとした未来の褒美を感じるぜ。

 腐っても元帥様のクビだ。ノルテと同額まではいかなくても、それなりの額になるはず。いや、二人目の元帥だ。マキナの連中の俺を見る目が変わるだろう! もっといい物をもらえるに決まっている!


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