第258話 subroutine リュール_強敵


◆◆◆ リュール視点 ◆◆◆


 血煙が舞い、阿鼻叫喚あびきょうかんのこだまする戦場は、ただ一言、理不尽だった。


 やむことのない命の大安売り、そこに貴族や平民といった身分の差は無い。崇高すうこう倫理観りんりかんが消し飛び、心優しい善人に漏れなく死がプレゼントされる。常識の理外りがい――狂気に満ちた世界。生き残るにはけもののようにくるうしか道は残されていない。


 それが俺の目の前に広がっていた。

 ああ、戦場はなんて残酷ざんこくで美しいんだ。空をあけに染める血しぶきに、思わず見とれてしまう。


 ほのかに青白く光る剣の軌跡が、こっちに近づいてくる。

 馬にまたがった黒髪黒眼の偉丈夫いじょうふだ。物語の登場人物に相応し堂々とした姿で、剣を振り降ろしつつある。実に様になる光景。躍動やくどう感ある姿ながら、雄々しさは損なわれることなく、見る者を魅了みりょうする。まるで小説の挿絵さしえのようだ。


 風鳴りとともに刃が迫る。


 ああ、俺も戦死者ヒストリーの列に名を刻むのだな。


 そんなことを考えていたら、唐突に、衝撃が走った。


「リュール!」

 ライフルを両手で構えたカマロが、俺を蹴り飛ばす。


「ぐあっ!」

 カマロは短い悲鳴をあげると、その場で転倒した。側にはカマロの腕と、真っ二つになったマルチバレット式ライフルの残骸ざんがいが転がっている。軍の採用している兵器は、そのほとんどが超硬金属でできている。イオン、電子間のクーロン力を最大にした金属結合体の特殊合金だ。古代史に出てくるような剣では切断することはおろか、傷つけることもできないはず。

 それが切断されている。断面が鏡のように綺麗なことから、切れ味の凄まじさが窺い知れる。


 あの剣がやったのか?


 続いて、実弾の炸裂さくれつ音が鼓膜こまくを叩いた。


「リュール、退却や。カマロ引きずってさっさと下がり」


 勝ち気な女一等兵――ブリジットが俺を足蹴にした。


「カ、カマロの腕は」


「そんなもんあとで生えてくる。ぼやぼやしてたら死ぬで」


 ブリジットは叫びながらも、器用に敵を撃ち続ける。


「それは困る。医者として腕くらい繋げてやりたい」


 ひょっこりと冴えない衛生兵――マッシモがあらわれた。ゆらゆらと頼りない足取りで、カマロの腕を探す。


「オッチャン、何してるんや、ぼやっとしてたら死ぬでッ!」


 慌ててマッシモを追いかけるブリジット。


「お、あったあった。これで繋げられる」


 呑気に声をあげるオッサンの背後に、騎影が現れた。黒髪黒眼の偉丈夫だ。

 同僚の腕を拾うマッシモに剣が振り下ろされる。


「オッサン逃げろッ!」


 慌ててライフルを構えて、レーザーを発射するが、男に弾き返されてしまった。剣の軌道きどうはわずかに狂うものの、マッシモを捕らえている。


 この場にいる誰もが、マッシモの死を予期しただろう。


 唐突に、落ち葉が風で舞い上がるような銀光が数条閃くと、同時にマッシモは前に飛んだ。

 着ていた白衣が切り裂かれるも、致命傷には至っていないらしい。


「痛たたたッ! 何が防刃繊維だ! 欠陥品だぞこりゃ」


「援護してやる! オッサン、はやくこっちに来い!」


「言われなくともそうするわい」


 斬られらしく、背中を気にしながら冴えない医師が走ってくる。


 いつの間にか、あの偉丈夫は消えていた。それが関係しているのか、殺到していた敵兵も波が引くように減ってった。


 駆けつけたホリンズワースが手近な敵を片っ端から始末していく。


 どうやら生き残ることができたらしい。


 危機は去った。ブリジットも合流する。

「どないしたんや、あのデカブツ。急に剣を取り落としたかと思ったら、そのままトンズラしよったで」


 難色を示すブリジットに、ホリンズワースは顎をしゃくった。


「そこの衛生兵だよ。オッサン、斬られる瞬間、何回斬りつけたんだ」


 数条の銀閃を思い出す。まさかマッシモが?


「三回。利き手のけんを斬ってやった。メスさばきには自信があったんだがね、まさか二回もしくじるとは……私もおとろえたもんだよ」


 そう言うベテラン衛生兵の手には一本のメスが握られていた。超硬合金すら切り裂くレーザーメスだ。


 あんな短いリーチの武器で、相手の腱を狙って? そんなことできるのか?


 俺と同じことを考えていたようで、駆けつけたホリンズワースが問いかける。

「オッサン、特攻持ちだな」


「一応はな。対人特攻だが、ZOCにも有用らしい」


「すげぇな。今度、詳しく聞かせてくれ」


「生き残れたら話そう。まずは生き残らんとな。無駄口を叩いたせいで死んだとあっちゃ、成仏できん」


「ちげぇねぇ」


 敵が遠退き、ほっとしたの束の間。


 今度は王都の敵が出てきたと一方通行の通信が入る。


 攻城戦を仕掛けているロウシェ伍長からの報告。情報戦に特化した俺の通信アプリだから拾えた。


「敵は俺たちを挟撃きょうげきする気だったらしい」


「今度は王都側かよ……」


 げんなりとするホリンズワースだが、戦場でトラブルは付き物だ。こっちの敵襲を警戒して通信を飛ばしてきたのだろう。ま、敵を退けた後だが。


 それにしても問題だ。この惑星の戦闘員は装備も質も低いものだと、たかを括っていた。

 まさかレーザーを弾くような技術があったなんて……。それに軍支給のライフルを切断した、ほのかに輝く剣。アレもヤバイ。脅威きょういと断定してよいだろう。


「ホリンズワース、二人の面倒を見てくれ」


「リュール少尉、何をするつもりだ?」


「攻城組の応援だ。ブリジットを借りていくぞ」


「おいおい、また敵が来たらどうなるんだよ」


「その時は、マルチバレット式ライフルのグレネードをつかえ。足りなきゃこれもだ」


 個人兵装のハンドグレネードを手渡す。マルチバレット式のおまけグレネードとちがって、威力がズバ抜けている。


「連れてくなら俺だろう。留守番ならブリジットでも務まるんじゃないのか?」


「戦う女性ってのは絵になるからな。野郎はお断りだ」


「くっだらねぇ理由だなぁ……」


「そうふて腐れるなよ。カレン少佐と相談したいが、あいにくと遠くにはぐれてしまった。そんなわけで指揮官不在。何かあったら、俺みたいなお飾り少尉よりも経験豊富なホリンズワース上等兵のほうが都合がいいだろう」


「そういうことにしといてやるよ」


 封を切っていないタバコをボックスごと投げ渡す。尉官に支給されるちょっとだけ質の良いタバコだ。それを受け取ると、ホリンズワースは、

「しゃーねーな、貸し一つだぞ」


 口うるさい上等兵も懐柔かいじゅうできたので、ブリジットの手を引いて王都攻めの一団を目指した。


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